序章 救国の魔法士団

 何の前触れもなく、その大惨事は起こった。


 『シュトルムラント王国』。

 同・王都、『女神ユースティティア』を祀る『王立シュトルムラント教会』。

 厨房にて火災発生。

 それは爆発を伴い、瞬く間に各所に飛び火した。礼拝に来た町民、コックなどは司教やシスターたちによって避難させられたが、まだその安否が確認できない者も多くいると、先に避難した庭師に寄せられた。

 そして庭師は被災者たちに呼び掛けた。

「ここから先の救援者の募集や要救助者の救助はわたしが担おう。皆さんは近しい者たちの安否を確認し、まだ非難が確認できていない者を一覧としてまとめてもらえんかね」

 王都の人々が一丸となって消火活動に励み、火の勢いが弱まったところから要救助者の捜索を始める。だが教会全体が焼けているためバケツや樽に組んだ水を返すような消火活動ではもはや焼け石に水。多くの都民が、このまま燃え尽きるのを待つしかないのかとあきらめ始めた。


 すると。

「おい! 救援が来たぞ!」

「伝令が間に合ったんだな!」

 多くの人が空を見上げ、そして歓喜の声を上げる。

 空には四つの影。ひとりは箒のようなものにまたがり、ひとりは四枚の円形の翼を持つ乗り物に乗り、ひとりは足に風を生み出す靴を履いて、空を飛んで教会へと向かう。いずれも年端のいかない少女たちだった。そんな三人の人影を率いるのは、尾羽の長い大きな鳥のようなもの。

「おーい! 来てもらったぞー!」

「ただいま到着しましたー!」

 巨大な鳥の鞍にまたがった青年と風を生み出す靴を履いた少女が、地上に向かって手を振った。

 そして教会の庭師の男性は、彼女らに大きく手を振って呼び掛けた。

「頼んだぞ、『防災と救命の魔法士団』!」


 機械仕掛けの箒にまたがる少女が真っ先に炎上する教会に突っ込む。

「イレーネ、報告以上に火の勢いが強いわ。私たちふたりで火を消すわよ!」

「あっ! 危険ですエルフリーデ様! 女王殿下に叱られますよ!」

「そんなの、バレてからでいいわ!」

「もう、本当に無鉄砲なんですから……」

 箒の魔法士エルフリーデは右手を掲げて振り下ろす。その手には黒い球体が握られており、エルフリーデの手から放たれた球体は教会の真上で爆発した。

「スミレ特製『奪熱砂だつねつしゃ擲弾』、本領発揮よ!」

 純白の砂の雨となって降り注いだ奪熱砂。それは教会全域に降り注いで炎の勢いを抑制する。目に見えるその絶大な効果に、城下町の人々は大いに沸きあがる。

「ボクも続きます! 『アークルバレット』!」

 イレーネが手にしたのは、美しい装飾が施された中折れ式グレネードランチャー。『魔術式』が刻み込められた銃弾(大きさからしてもはや砲弾)を装填し、教会に照準を合わせて引き金を引く。

 すると銃口からは青白い光の球体が飛び出し、教会に命中するとその地点を中心に逆さつららが張り巡らされる。炎を和らげるのではなくその火の元を凍らせることで、効果的に火の勢いを殺してゆく。

 エルフリーデとイレーネは奪熱砂とアークルバレットで消火してゆく。そして完全に消火された教会の正門前に、風の靴を履く少女と純白の羽を輝かせる巨大な鳥が舞い降りる。

「よくやってくれた、ヨハン!」

「うおぉぉ。俺やったよぉ。でも空を飛ぶのはちょっと怖かったよぉ。ありがとなぁルベライトぉ」

 伝令兵ヨハンは、『自衛団王都本部』本部長アドルフに涙交じりの敬礼を返した。そんなヨハンに、巨大な鳥ルベライトは頭をこすりつけて親愛の意を示した。

 そして上空からは、エルフリーデとイレーネが叫ぶ。

「頼んだわよ、スミレ!」

「生命反応は、礼拝堂地下に集中してる!」

「了解! スミレ、要救助者の救助に向かいます!」

 風を生み出す靴を操る少女スミレ。

 彼女は右手をかざすと、水の魔法を発動させる。

「水よ、開け!」

 スミレの周囲に浮かび上がる無数の水の球体。スミレは一度右手を高く掲げて振り下ろすと、水の球体は熱で蝶番がゆがんでしまった教会の正門を物理的に破壊し、同時に散水して炎の燃え広がりを抑制する。

「よかった。建物の内部はある程度消火できてるみたい」

 足元には純白の砂、そして逆さつらら。エルフリーデとイレーネの消火活動が実を結んだ。

「風よ、はらえ!」

 スミレは風を起こすことで灰と奪熱砂を除去し、女神ユースティティア像への道を開く。

「教会の下に地下室。こういう場合って大体十字架や石像の下に階段があるものなんだよね。はい、見つけた」

 女神像の台座の裏に、燃え落ちた木製のドアの残骸が転がっていた。そしてマントの下から取り出したランタンに火をともして階段を下りてゆくと、途中から階段がなくなっていることに気付いた。

「救助に来た者です。ご返事願います」

「おお、やっと助けが来たか! しかし、魔法使いのお嬢さんひとりだけかね?」

 スミレにそう返した人物は、地下室の奥からランタンを持って現れた。この教会の司教である。

「司教さんですね。わたしは『魔法士団』の者です。大丈夫、絶対に助けて見せますから」

「それはありがたい。しかし困ったことに、階段がこの通りで出るに出られんのじゃ」

 司教の背後には、多くのシスターと逃げ遅れた子供たちがいる。誰もが不安そうな表情、やつれた表情をしており、泣き疲れて声を引きつらせている子もいる。

 そんな彼らを見やり、途中で朽ち果てた階段から飛び降りたスミレは言う。

「対策はできます。ちょっと階段から離れてください」

「そ、そうかね?」

 スミレの言葉に司教の男性は不安交じりの表情で退く。

 するとスミレは、魔法を発動させた。

「大地よ、いざなえ!」

 すると礼拝堂に続く壁が音を立てて崩れ落ち、大きめの大理石が階段とは言い難いがその役目を充分に果たす配置で止まった。その強度を確かめるべく、スミレはその上に乗って飛び跳ねた。

「大丈夫です。キャンプが好きな子供たちなら、このくらいは大丈夫かな? 大丈夫、魔法使いのお姉ちゃんも一緒だからね」

 そして司教の誘導で子供たちを優先して助け出し、続いてシスター、最後に司教が礼拝堂に出てきた。空を見上げると消火活動はまだ続いている様子で、ふたりの魔法使いが飛び回っている。

「おお、助かったのだな!」

「お姉ちゃん、僕たち助かったんだよね!?」

 司教や子供たちは湧き上がるが、スミレは険しい表情で答えた。

「いいえ、この建物から脱出するまでが避難です。さあ急ぎましょう」

 スミレは子供たちに避難を促し、子供たちはそれに従う。

 逆さつららの合間を行く一同。礼拝堂の出口に向かうスミレたちの耳に、不穏な音が聞こえてきた。

「お姉ちゃん! なんだかミシミシって音がするよ!」

「建物、壊れちゃうの!?」

「子供たち、落ち着きなさい。避難すれば大丈夫じゃ」

「そうだよ。急いで、でも落ち着いてね」

 だが、その音は次第に強くなってゆく。

 すると、上空から消火活動にあたっていたエルフリーデとイレーネが叫んだ。

「危険よスミレ! 屋根が崩落するわ!」

「逃げろスミレ!」

 しかし、焼けてもろくなった礼拝堂の天井がとうとう崩落した。

 逃げ惑う子供たち、失意するシスターたち、これまでかとうつむく司教。

 だが。

「……大丈夫」

 スミレは凛然たる眼差しで空を見上げ、そして赤い宝石が輝くガントレットを巻いた右手を掲げて叫んだ。


「炎よ、うがて!」


 スミレの掲げた右手に現れた炎。それは渦を巻き、やがてその渦は球体となり、ついに『灼熱の球体』へと変化した。

 うなりをあげてスミレの手から放たれたそれは落ちてくる瓦礫を破壊し、後を引く熱風が子供たちを守り抜いた。屋根を通り越した炎の球体はエルフリーデとイレーネの間を通り過ぎ、遥か上空にてほつれるようにして消滅した。

「うわああ。相変わらず桁違いの出力よね、スミレって」

「あんなチート技食らったらマジで死ぬって」


 なおも崩落を続ける教会。

 だがエルフリーデとイレーネの消火活動のおかげで教会は完全に鎮火し、なお立ち込める煙の中からすすまみれのスミレと子供たちが生還した。

 無事と再会を喜ぶシスターや子供たち。

 スミレたちに感謝の気持ちを述べる司教。

 その軌跡に喚起する街の人々。

 だが、スミレは言う。

「まだ完全に鎮火したわけではありません。自衛団の皆さんは子供たちやシスターたちに炊き出しの用意と、力に余裕のある人はバケツでの消火を手伝ってください」

 スミレが言うより早く、すでにルベライトがその立派なくちばしで器用に樽をくわえて消火活動に協力している。

「ルベライト、ありがとー!」

 そんなスミレに、司教は言う。

「改めてありがとう。君たちのおかげだ。さあ、きみたちも自衛団屯所で休むといい」

「お気持ちだけありがたく頂きます。でも、わたしたちはまだ元気ですから。ねー?」

 そんなスミレの言葉に。

「ええ、もちろんです」

「ひっ、殿下までそんな」

「モチのロンで、まだまだ手伝うよ!」

「で、でも、そうかい? 水は重いよ?」

 エルフリーデもイレーネも笑顔で答えた。

「だってこれが、わたしたち」

「私たち」

「ボクたち」

 そして、一同は言う。


「『防災救命魔法士団ツァウバー・リッター』ですから!」

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