ⅩⅨ

 その後、クタヴェートとスターレイターでは色々と話し合いがあり、エレナはルゼルトと婚約していた時同様、17になり次第嫁ぐことに決まった。来年、夏季の3日にスレイドは20歳になり、グランツは正式に騎士団での仕事をスレイドに任せ、自分はクタヴェートの領地に帰ることになる。そうなれば、エレナが1人で屋敷で留守を守る必要もない。お1人で寂しくありませんか、とスレイドが揶揄すると、寂しいものかと言って、少しだけ笑っていた。

 当初はサピュルスがエレナの方へ赴く話となっていたが、やはり騎士団家での暮らしになれた方がいいとのことで、今後はエレナがサピュルスの元へ定期的に訪れるということで話は纏まった。



 秋季の45日、エレナはスターレイター家に訪れた。エレナの誕生日である20日にも来たため、25日ぶりの訪問だ。エレナ乗っている馬車の到着を待っていたのは、カルブとサピュルスだった。

「いらっしゃいませエレナ様! サピュルスとの婚約の了承、兄である私からも例を言わせてください」

「いえ、例を言われるようなことではありませんので……」

「……お荷物、預かります。もう少しで砦へ向かいますので、少々お待ちください」

 サピュルスはそう言いながらエレナの荷物を預かった。砦へ行くということは、エレナに騎士団の暮らしを見てもらいたいのだろう。

 兄弟は簡素な服装でいたが、エレナの荷物を部屋に置くと着替え、まさに騎士らしい格好でエレナの待つ馬車の前に現れた、が、馬車は使わないらしい。

「え? ではなにで……?」

「もちろん馬で。エレナ様はサピュルスの前にお乗り下さい。大丈夫です、サピュルスは馬の扱いに関しては私より上手いので!」

 ケラケラ笑うカルブに、サピュルスが肩をすくめる。馬になんか乗ったことがないエレナは躊躇いの表情を見せていたが、サピュルスは安心させるように薄く笑った。

「大丈夫です……ゆっくり走らせますから」

 サピュルスはエレナを馬に取り付けた前の鞍に跨らせた。暴れないかと心配したが、馬は大人しい。騎士であるサピュルスは馬に乗るなどもちろん手馴れたもので、後ろの鞍に跨った。

「ハイヤッ」

 サピュルスがいうと、馬は一度嘶き、ゆっくりめに駆け始めた。エレナには十分な速度に感じられたが、騎士である彼としてはかなり速度が遅く感じているだろう。

 パカラパカラとなる蹄の音を聞きながら街を走る。風が頬を撫でて少し寒く感じるかと思ったが、揺られるだけでも少しの運動にはなるのか、心地がいいくらいだ。

 やがて騎士団の砦へ着く。スターレイター家に行くのはあまりなれない反面、騎士団の砦は幾分か親しみやすい。


「エレナお嬢様!」

「お久しぶりです!」

 砦の中に入ると、訓練前なのか騎士たちが気づいて笑顔で挨拶をしてくれた。恐らく、彼女とルゼルトの婚約のことで、あえて明るく話しかけてくれているのだろう。エレナはその思いに答えるように笑い、スカートの裾を持って頭を下げた。

「お久しぶりですみなさん。これから訓練ですか?」

「はい。朝のストレッチです!」

「ぜひご見学ください!」

 騎士たちの生活を見るために連れてこられたのだ。エレナは頷いた。

「ええと……ご案内、ではないな……説明致しますね」

 サピュルスに連れられた先は、広い訓練場だった。騎士たちはここでストレッチと声出しをするらしい。

「ストレッチは分かるのですが……声だし、ですか? それはなんのために?」

「うーん、なんの為と言われると、風習であるとしか言えないのですが……そうですね、士気の向上と仲間意識の団結と言うべきでしょうか」

「なるほど……」

 ストレッチは終わり、声出しに入る。団長であるカルティアの怒鳴り声にも近いような声に騎士たちが呼応する。カルティアの声が響く度に、エレナは少し肩を揺らしていたため、サピュルスは安心させるように肩に手を置こうとして、烏滸がましいかと思い直して、手を引っ込めた。

 エレナが義父となるサピュルスの父に若干脅えているのは知っている。父が気性が荒いのがほぼ大体悪いのだろう。子である己たちに言わせてみれば、気性は確かに荒いのだが父は臆病者で、特にクタヴェートには逆らうことが出来ない。シエラヴェールに喧嘩腰でいるくせに、自分の味方でかつ立場が上のクタヴェートには意見の1つも言えないのだ。

 父と違い平和主義者だった祖父は、穏やかな気性だったが勇気はあり、騎士たちの信頼も厚かった。騎士たちは当初カルティアが騎士団長を引き継ぐのに危機感を覚え反対していたほど、カルティアはあまり信頼を得てない。それがさらにカルティアに怒声を出させる要因となるという負の循環だ。カルブは──兄は、父から騎士団を引き継いだら祖父のようになると言っているが、それをこの父が許すとは思えない、というのがサピュルスの率直な感想だ。

 ともかく、エレナが大声に脅えている。サピュルスは後ろから父の方を叩いた。

「……なんだ、邪魔をするなサピュルス」

「父上、エレナ様がいらしています。怯えてしまわれているので……その、声を控えめに……」

「む……とはいえ変えることなどできん。どうしてもと言うなら貴様は別の施設でも見て回らせてこい」

 小声であるが有無を言わせない圧力だ。サピュルスは溜息を吐き出すのを我慢し、一礼してエレナの元へ戻った。

「……しばらく声出しは続くと思いますので、今のうちに砦の中の施設を詳しく案内しますね」

「は、はい」

 何を話していたのだろうかとエレナは小首を傾げながらも、サピュルスへついて行った。


 砦には何度か来たことがあるが、基本的にエレナは兄と父への挨拶のために一定の道しか通ったことがなく、今日初めて見る場所も多かった。

 ルゼルトに婚約破棄を告げられた時に来た食堂と浴場は、改めて見るといかにも男所帯の場所、という印象だ。一人一人に固有スペースはないらしく、広い寝室では全員雑魚寝しているらしい。他にも、とても大きな馬小屋に、メイドたちの生活スペース、軍議室などが砦にはあった。

「それと……スレイド様がよくお使いになってるのが、もう一部屋……」

「え? お兄様はいつもクタヴェート家のため設けられている執務室にいるのでは……」

「えぇ、基本は……しかし、実は星見の為に設けられた部屋があるのです」

 サピュルスに案内されたのは砦の2階、そこには梯子の他に何も無く、天井に戸が着いていた。

「天窓……梯子に登って、窓を開けて星を見るのですね」

「はい。俺はその……魔法なんてさっぱりですが、水晶で星の吉兆見るよりも、ずっと正確に未来を予測できるそうです」

「…………」

「……エレナ様?」

「私は……占星術なんて上手に出来ません。習ってもいない……必要ありませんもの。でも、ここから星を眺めることが出来るのは、とても羨ましいです」

 閉ざされた戸を見つめる瞳には光が宿る。羨望の眼差しを真剣に向けている。ここから星を眺めることが出来たら、どれだけいいか。きっと素敵な体験に違いない。

「…………父に、掛け合ってみます」

「え?」

「スターレイターにも、同じような部屋があるのです。昔、砦がまだ小さかった頃……騎士団長家の家に、クタヴェートの魔法使いが泊まったときの名残が……あるはずなので……使わせて貰えるように」

「……! はい!」

 エレナは満面の笑みで笑った。

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