ⅩⅦ
ルゼルトは1人、ベッドに寝転がってぼんやりと天井を見ていた。いや、見ているつもりはなかった。目に入っているだけで、別に天井を見つめているわけでもなかった。焦点が定まっていない中、ただただぼんやりとしていた。
教会に属していた者との結婚は貴族同士の結婚とは違うらしく、色々とやることが多かった。本来教会の人と結婚する際は結婚する人が教会から離れるために儀式を行うが、アナスタシアの場合はルゼルトに教会の神聖さを与え精霊召喚を可能にするための婚約であったため、ややこしい儀式をすることになった。教会から離れるが、神の加護は与えたままで……みたいなことを言っていたが、正直ルゼルトは覚えていない。そしてルゼルトも、アナスタシアを娶る身として、教会の者を手にする人に神の加護をくださるように願う儀式をやらされ、その二つにかなり時間がかかり、秋季の35日になってやっと婚儀を行うことが出来た。これでアナスタシアは神の加護を強く持ったまま、ルゼルトの妻となったのだ。
ルゼルトは、昨日に至るまで童貞だったわけではない。成人した時に、練習用のの女を与えられている。別に彼自ら誘ったことはなく、その女に練習を進められた時に抱いた程度だ。ある程度年増な分経験があるのだろう、上手かったが、あまりいい体つきではなかった。貧相だな、といつも思った。
昨日は
ハリと弾力のある真っ白な肌に、キュッと上に上がっている、服の上から見るより大きな胸、腰のラインは妖艶だし、脚まで美しかった。こんな、男を一撃で落とすような女が教会にいていいのか、とすら思った。
今はただぼんやりとしていたい。そうでなければ、自己嫌悪に陥る。だと言うのに、思考は現実に引き戻されてしまった。
「っ……」
昨夜、アナスタシアは裸体でベッドに座ったあと微笑んだ。子作りのためにある、代替わりする度に作り替えられるベッドだ。魔法の効力などはないが、高級なものだ。
「そんなにまじまじと見られるとさすがに照れますわね」
「……すみませんね」
言われたルゼルトは下だけ身につけていた。視線を逸らした後、ずいっとアナスタシアが近寄ってきた。動きに合わせて胸が揺れた。
「初めてですので、優しくしてくださいね?」
「……優しくさせる気ないでしょう、貴女」
耳もとで囁かれて、いとも簡単に欲情は掻き立てられた。大きな胸を揉みしだいて、茶色く濁る乳嘴を立たせ、そこに接吻をする度、艶めかしく甘い声を出すのだから堪らない。本当に処女なのか疑ったが、それも致し方ないだろう。
「はぁっ……んぅ、あ、ああっ……」
──飲まれる。襲い来る大波のように、自分を飲み込もうとしている。熱が止まらない。呼吸が暑い。もうウメラの雨も過ぎたのに。
一度顔を彼女の体から離して見つめると、熱っぽい紫色の目で彼女は彼を見つめていた。流石に恥があろう、緊張があろう。……けれどそれら全ての負の要素を消し去るほどの嬉しさが彼女にあるのだと、分かってしまった。この、女は、魔性だ。綺麗な体に、顔に、声。エレナにはきっとなかった、全て。
エレナがアナスタシアに劣ると思ったことはなかった。だが、それすらアナスタシアに触れているうちに、ただの欲目だったかもしれないと思い始めていた。それも、顔が好みだったとか、優しい子だったとかではなく、ただの執着から来る欲目。そしてその執着も──彼女の素肌の柔らかさに霧散していくような感覚だった。それが、嫌で嫌で仕方ない。
「……どうしてそんな、悲しい目をなさるの」
「っ……」
「目の前には私がいるでしょう? さぁ、私に全てを委ねて……大賢者にならなければ行けないのでしょう?」
……そう、そうだ。この女を抱くことで、大人たちが自分に背負わせた罪を償えるなら、それで精霊召喚をできるようになるならそれでいいと、だからエレナを捨てたのだ。ここで躊躇っては、苦汁を飲んだ意味がない。
ルゼルトは何も悪くない。でも、こうなった根源はもうこの世におらず、罪を背負うことは出来ない。だから、仕方ない。虚しくて泣きそうなのを耐えて、彼は彼女の脚を広げ、膣に指を入れた。
「あぁっ……!」
上半身を弄っていた時よりも大きな反応があった。指はあっという間に粘液に塗れた。膣に触れる前から相当濡れていたので当たり前と言えば当たり前だ。水の音を立てて、ルゼルトは彼女を見下ろした。
「……痛みは?」
「はぁっ、ふぅ……ん、ありま、せ……あっ」
入れる指を増やし、中を弄る。大声を出すのははしたないと、女性の間では言われていると聞いたことがある。練習用が言っていたのだったか、なんだったか。そのためか、アナスタシアは声を抑えているように感じた。それで何が不満な訳でもない。ただ、こんな時でもそんなことを気にしていることに、少し感心しているだけだ。
とはいえ、そろそろ大声でイッてくれてもいい、というか、そうして欲しい。……こっちも少ししんどいので。だが練習用の言うには、初めての相手はゆっくり馴らしてあげないといけないとのことだ。面倒くさいことこの上ないが、そう言うのだから仕方がない。
やがてしつこく中を弄っていれば達した彼女は、表情を歪めながらも彼を受けいれた。痛かっただろう、けれど、たしかに自分が彼を受け入れている喜びの方が勝っていたのだと思う。そんな顔をしていた。
やがて己も達したあと、2人揃って寝てしまった。ふと起きると、既にアナスタシアはいなかった。彼女が早起きというか、自分が長く寝ていたのだろう。
「…………」
長く溜息を吐き出す。精霊がいつまで経っても自分を認めてくれないことも、精霊に認めてもらうために教会の者と結婚し、神の加護を貰おうという考えも、アナスタシアの嬉しさと痛みに歪んだ顔も──確かに快楽だと感じた己にも、吐き気がする。
そんなことを考えていたら、カチャリと扉が開いた。まさかアナスタシア、と思ったが、アザンツだった。手に着替えを持っている。
「ルゼルト様──あ、お起きになりましたね」
「……アズ……今何時だ?」
「そろそろお昼になります。昼食の支度が整いそうなので、起こしに参りました」
アザンツはニコリと笑った後に、気まずそうに顔を逸らした。
「……昨晩は、お疲れ様です。……昼食のあとは……地下へ?」
「昼食は要らない。着替え次第地下へ向かう」
「ダメに決まっているでしょう。また倒れたいのですか」
「……でも」
「とにかく、ダメです。……焦る気持ちはわかる。でもな、ルゼルト……お前は俺の主で、命の恩人だ。従者とは、主の言うことを大人しく聞くだけの存在じゃないだろ」
「…………」
アザンツは、時折こうして歳の近いはとことしてルゼルトに言葉をかける。そういう口調で言われると、従者ではなく人として説得しているのが伝わってしまい、やがてルゼルトは力なく頷くのが常だ。困った主だと思う。それほどこの家の後継としての意識が強いのは立派な事だが、自分のことを蔑ろにしては本末転倒もいいところだ。
……やはり彼の婚約者はエレナであるべきだった。破棄するべき婚約ではなかった。どうして精霊がルゼルトを認めないのか、シエラヴェールに生まれていないアザンツには分からない。だが、神の加護を受けるのと、精霊が彼を認めるのとは、根本的に無関係のような気がする──もちろん、そんなことを口には出さないが。
「……さ、着替えましょうか。体が冷えてしまいますし」
……本当は、もう一つ伝えたいことがあった。ルゼルトも参加した王家と騎士団長家との相談……サピュルスにエレナを嫁がせる話の是非についてだ。王家とシエラヴェール家共に、『当人同士が良しとするのならば』と認めた。エレナは優秀な子を産むだろうが、相手が騎士団の人間では王家とシエラヴェール家にとって大した驚異にはならないだろう、という判断に基づいた決定だ。
騎士団長家は早速エレナにその手紙を送り、その返事が今朝届いたらしい。エレナは、了承していた。ルゼルトも気にしているであろうその返事を教えたかった。……だが、彼の精神があまり安定していない今伝えれば、きっと落ち込む所では済まない。アザンツは、聞かれるまで黙っておこうと思いながら、彼の着替えを手伝った。
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