ⅩⅣ
「忘れてください……」
「そんなこと言われましても……」
思わず趣味を暴露してしまったエレナは、サピュルスの前で顔面を真っ赤にしていた。あぁもう、男性はお父様とお兄様と旦那様とアザンツにしか言うつもり無かったのに、頭が疲れていたのかまさか言ってしまうなんて。しかも、サピュルスはルゼルトと違い若干引いているように見えるのがなおのこと嫌だ。
「ごめんなさい……あなた方が信頼している魔法使いクタヴェートの娘はこんな女なんです……」
「そ、そうですか……」
「出来ればここまでの会話を忘れてください……」
「それは……ちょっと……」
オロオロとサピュルスは戸惑っていた。(当たり前)
サピュルスとエレナがそんな会話をしている頃、スレイドはシエラヴェールに到着した。玄関付近では、ジェシーが俯いて佇んでいた。
「スレイド様……」
「すまない、用意をさせておいて待たせたなジェシー。エレナは今騎士団の砦にいる。今夜はスターレイターに世話になる予定だから、お前はエレナについてやって欲しい。荷物をまとめて、クタヴェートの場所で騎士団の砦へ迎え」
「スレイド様は……」
「俺は……ルゼルト様ともう一度話をしてみる。その後騎士団で借りた馬車で戻るから心配するな」
ジェシーは、わかりましたと言って、エレナの着替えなどをまとめた。エレナが普段使っていた部屋には特に何も私物はない。ジェシーは言われたとおり、すぐに馬車で騎士団の砦へ向かった。
スレイドは、客間でずっと考え込んでいたらしいグランツに事の顛末を説明した。彼は了承し、明日にでもエレナを連れてクタヴェートに帰ると言っていた。
「スレイド、お前は賢いがそれ以上にエレナを可愛がる。ルゼルト様と会話をするのを止めはしないが、エレナを思うあまり感情を昂らせ、刺激しないようになさい」
「……はい」
ルゼルトが普段からいる地下室へと足を運ぶと、扉をノックしてもいないのに、中からこちらへ話しかける声がした。
「何をしに来ました?」
ビクリと肩が揺れる。スレイドとて優れた魔法使いなのだ、気配察知はそれなりに使えるが、持続して、しかも何かと並行して行うことは出来ない。それを、彼は。
動揺を抑え、あくまで冷静にスレイドは返した。
「……やはり、俺は知りたいと思っています。どうして……一体、王家より優れていないと立場がないからとクタヴェートとの結婚を望んだのに、覆したのか……何がその原因となったのか……お願いします、教えてください」
「…………」
ギィッと軋む音を立てて扉が勝手に開いた。入れ、ということだろう。スレイドがこの部屋に入るのは幼い頃以来だ。中は暗く、ルゼルトは入って右の本棚のそばで、ランタンの灯りを頼りに魔導書を読んでいた。
「…………」
「貴方この部屋昔から苦手でしたよね」
ルゼルトの言う通り、スレイドはこの部屋が何となく苦手だった。だからこそ、何度かシエラヴェールに来た時も、ここで魔法の練習をルゼルトがしている時、彼に用事があってもあまり立ち寄らなかった。暗かったからか、それとも──代々のシエラヴェールの人間が、この場で精霊召喚をした影響で、その気配に圧されてしまったからか。
「それで……覆した理由でしたか。……そりゃそうですよね、誰もが欲しがるクタヴェートの胎を手に入れて置いて手放したのですから、疑問にも思いますよね」
怒りで体が熱くなった。この男は妹を胎盤としか見ていないのか、と。そして思い直した。彼はわざと酷い言い方をしているだけに過ぎない。カルブの言う通り、元は庶民とはいえ今は市街地を守る重要な存在、騎士団長家の長男を明々白々に邪険にするほど、彼はエレナのことを好いていた。
「どんな理由があっても……エレナと父には伝えません。これは俺の独りよがりです。大切な妹なんです。……納得できる理由が欲しい。できれば、王家と諸貴族になんて説明するのかも」
「王家と諸貴族に本当の理由を教えるわけがない、とは分かっているのですね。さて──そこについてはお爺様とグランツ殿の間で話し合いがあったかと思いますが、私は決定を知りません。夜になったら聞く予定です」
ですが、まぁ、と彼は溜息混じりに口を開いた。
「グランツ殿は婚約破棄の理由を言わずとも何となく、とんでもないことを隠していたのだと勘づいているようですが、貴方はそうでもないらしい。このまま引き下がりそうにもないですし……いいでしょう、貴方が誰にも言わないことを信じます。……長い話になります。気持ちのいい話でもありませんが、構いませんね?」
──スレイドは、力強く頷いた。
「──、…………」
話を聞き終えたスレイドは絶句していた。シエラヴェールは、権力は雲泥の差があるとはいえ魔法使いの家同士、過去何度か婚姻を結んだ家同士、そして最も身近な身内である妹が婚約をしていた者として、近しい存在だと思っていた。自分たちの知らないところで、そんなことになっていたなんて知らなかった。
「信じられない……」
「証拠ならありますよ。もっと地下深くに行きましょうか」
ルゼルトはそう言いながらランタンを持って立ち上がり、地下の部屋から出ると、地上への階段とは逆の方向を向いた。そこは行き止まりだ、と思ったが──ルゼルトが壁に手を当てると、フッと壁が消えた。否、壁に見せていただけ──認識阻害の魔法をかけていただけで、本当は奥へ奥へと続いていたのだ。ルゼルトはなんでもないように歩きだし、スレイドはそれについて行った。
しばらく歩くと一本道は階段となり、2人は地下深くまで歩いていった。……不気味なところだ。地下1階には魔法の練習場所があり、2階と3階には、中に何もいない鉄格子が立ち並んでいた。4階には大きい鉄格子の部屋があり、中には拷問器具が立ち並んでいた。これらの部屋はかつて、まだ騎士団がなかった頃、シエラヴェールが国の治安維持を行っていた頃の名残なのだろう。父から聞いたことがある。こんなふうに牢獄があるとは思わなかったが。
そして、地下5階──ここが最下層なのだろう、左右には今までのような鉄格子の部屋はなく、ただの一本道だった。その一本道の最奥に、それはいた。
「──っ!!」
狭い鉄格子の部屋の中で横たわるそれは、左目はなく、右目も虚ろだ。その目で意識的になのか無意識なのかルゼルトを見ていた。なにか言葉を発する様子はないが、うーとか、あーとか赤子のような声を時折上げていた。
「これが証拠ですよ」
冷たい目でそれを見たあと、ルゼルトはにっこりと圧力のかかる笑顔でスレイドを見上げた。
「先程の説明、誰にも言わずに信じてくださいますね?」
スレイドは、震えながらも頷いた。
翌日、話の通りグランツとエレナはクタヴェートに帰った。エレナは、あの後夜になって戻ってきたスレイドが顔を真っ青にしていたため何があったのか聞きたがったが、スレイドは断固として話してはくれなかった。
「お世話になりました、スターレイター家の皆様」
「いえ、こんな狭くてむさ苦しい場所ですみませんでした……」
「そんなことは」
カルブの自虐に少し笑顔を浮べる。昨日は思いも寄らないことに頭に血が上っていたが、スレイドがシエラヴェールに行ったあとサピュルスが何かと気を使って話をしていてくれたこともあって、少しスッキリしたのだろう。
「では、お気をつけて」
「はい。……また、機会があればお邪魔します」
エレナは丁寧に頭を下げたあと、馬車に乗り込んだ。馬車を見送りながら、カルブはサピュルスの腕を軽く小突く。
「な……何、ですか……兄上……」
「言わなくて良かったのか? ぶっちゃけチャンスだったぞ?」
「いっ、いいです。大体今言ってしまえば……弱ってるところにつけ込んだみたいではありませんか……」
真面目なことで、とカルブは首を振った。この瓜二つな兄弟は互いに互いのことをよく理解している。そう、例えば、カルブはこの飄々とした態度で結婚当初からよく妻に叱られているとか──
──サピュルスが昔からエレナに恋をしていること、だとか。
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