Ⅸ
エレナの予想通り、ルゼルトは買ってきたプリンをアザンツに渡していた。アザンツはとても嬉しそうだ。甘いものが好き、というよりはアザンツはルゼルトから貰えれば何でも嬉しいのだ。
聞いたところによると、アザンツは元々貴族の出身だが、親の不祥事によりお家断絶、祖母の妹がシエラヴェールに嫁いでいた身であるため、この家の使用人になったらしい。つまり、アザンツとルゼルトの二人は主従でありながらはとこ関係でもあるのだ。当初、ヤーフェはお家断絶した貴族の子供を使用人にするのを躊躇ったが、ルゼルトは孤児を増やすより良いのではと賛成の意を示してくれた。その一件で、アザンツはルゼルトを心から尊敬するようになったらしい。そのため、プリン一つでも泣きそうなくらい喜んでいる状態となる。
「あのな、アズ。プリン一つでその反応ってこれから先もっと高価なものをもらったらお前はどうなるんだ?」
「放心するやもしれません……!」
「そうか……」
やれやれというふうに溜息を吐き出したルゼルトにエレナが苦笑する。もうティータイムには遅い時間であるため、プリンは夜のデザートで、という話になった。
それからの日々、二人は噴水に行ったり屋台を見に行ったりし、エレナが来てから5日目、夏季の35日、女王に捧ぐ礼拝が行われた。普段はあまり使われない教会の広い礼拝堂は開放され、まずは王族、貴族、騎士、そして市民たちができる限り詰められる。もちろん市民は入り切らないため教会の外にも沢山の人がいる。
「女王エルカディア、この国に生まれし気高い女王に祈りを捧ぐ。おお、女王の誕生、真なる生命」
「おお、女王の誕生、真なる生命」
「おお、我らの国母、聖なる母よ」
「おお、我らの国母、聖なる母よ」
牧師の言った礼拝の言葉を、人々が繰り返す。全員が目を瞑り、俯いて、手を組む。そんな祈りは昼間で行われ、その後は各自解散、水遊び再開となるが、一部貴族と教会関係者はそうも行かない。ルゼルトとエレナもその一部貴族に含まれ、礼拝堂の次には王城へ訪れる。二人とも、物心ついたときにはそうする習慣だったため、もう慣れっこだ。
王城で何をするのかというと、当然、国王への挨拶に他ならない。普通ならば新年の始まりである夏季の1日に挨拶をするものだが、その後すぐに盛大な祭りがあるこの国では、この日に挨拶をするのが貴族の恒例だった。
ルゼルトが成人するまではルゼルトは祖父のヤーフェと、エレナは父のグランツと共にそれぞれ挨拶をしていたが、ルゼルトが成人したため去年からはともに挨拶を行うことになった。
「水祭の儀の開催を心より喜ばしく思います。女王の誕生、つきましては年明けの祝福を以って──シエラヴェール家後継者ルゼルト、並びに婚約者、クタヴェート家長女エレナ、ともにご挨拶に参りました」
ルゼルトガ頭を垂れたまま王にいう。勿論、エレナもスカートの端を持ち上げて頭を下げたままだ。
「うむ。双方顔をあげよ」
言われたとおり顔を上げ、その顔面を眺める。赤茶色の明るい髪、豊かに蓄えられた髭、丸っぽい目は、よく言えばとても人が良さそうで──悪く言えば、他国の王には少し舐められそうな見た目をしている。それが現国王、フライツェ・エルカディアだ。
「ルゼルト、次期大賢者。今年……いくつになるのだったか」
「約半年後……冬季70日に19になります」
「おお、そうか。その若さで良くぞ祭りに向けて噴水の魔法式を調整してくれた。お前が将来有望な若者で嬉しく思う。今後も励んでくれ」
「はい」
「エレナ・クタヴェート。夫を支える良き妻、シエラヴェールを繋ぐ良き母となれるよう、余も祈ろう」
「はい、ありがとうございます、陛下」
二人はお辞儀をし、王宮の出口へと向かった。出口へ向かう最中、挨拶のために並んでいる他の貴族たちの視線を感じた。ついでに、ひそひそ話もだ。
「…………」
貴族は皆、シエラヴェールに不信感を抱いている。大賢者になるには若すぎるし、そもそも両親の死だって本当にただの転落事故なのかと、だとしたらなぜ教会は今シエラヴェールを警戒しているのかと、睨みつけるような視線と、良くない話の内容。まぁ、そういう噂話をするのは大抵貴族とはいえ決して地位の高くない家で、シエラヴェールを妬んでいるような家ばかりだ。気にするだけ無駄な虫の羽音にも等しい。そんな妬みを嘲笑うように、高貴な紫色のマントが揺れる。
「おかしな話だと思うのです」
シエラヴェールの城への道中、エレナは口を尖らせながらそう言った。見るからに不機嫌な様子の理由を考えれば、嬉しさを感じる。だがそれを顔に出せば、こっちは真剣なのにと怒られそうなため、代わりに苦笑を零した。
「旦那様、あぁいうのはビシッと言わなければなりませんよ!」
「エレナの言う地雷、ですか?」
「私は真剣なのですよ!?」
「はいはい。……まぁいいのですよ、それに王城であーだこーだと言えないでしょう」
「それは……そうですが……」
エレナは、根の部分はとても優しい人間だ。だからこそ、政略結婚での相手とはいえ、ルゼルトが嫌な視線を向けられているのは嫌に決まっているのだ。
「第一、シエラヴェールが何をしたというんでしょうね、あの人たちは!」
「……そうですね」
薄く笑みを浮かべながら相槌を打つ。全くそのとおりだ、シエラヴェールが何をしたというのかと胸を張って言えればいいものを、そうは行かなかった。あの地下牢にいるモノのことは、そのうちエレナにも話さねばならなくなるだろう。だがアレは、他の貴族が抱える黒い部分よりも、もっと深く
ともかく、話題を変えようと思ってルゼルトは口を開いた。
「……礼拝のあとすぐ挨拶でしたから……昼がまだでしたよね。屋台で何か買っていきますか?」
「……そうしたいところですが……旦那様は正装でマント姿ですもの、シエラヴェール家全開の状態で買いに行くのは不味いのではなくて?」
くす、と笑うエレナに、そういえばそうだったな、と自分の服装を見る。エレナと共に外に出かける日が多いために、マントを着用していることと、貴族の正装──それも、王に挨拶しに行くときにしか着ないような服でいることを、こういう日は忘れてしまう。着替えてからのほうが良さそうだ。それに、メイドは料理を用意しているかもしれない。
「……そうですね、帰りましょうか」
「えぇ!」
忘れよう。とにかく、エレナといるときくらいは、アレのことは頭の隅からも追い出そう。王の相談役となる身では考えるのは当然のことだが、考えても仕方ないことまで考えていられな──。
「……おや」
後ろから聞こえた声に振り向く。一瞬、またカルブかと思ったが、違った。
「サピュルス様! お久しぶりです!」
「……お久しぶりです、ルゼルト様、エレナ様。……お元気そうで何よりです」
サピュルス──騎士団長家次男で、カルブの実弟だ。普段あまり公の場には出ず、一般騎士と同じようなことをしているため、同じ王都に住んでいるルゼルトですら、彼に会うのはかなり久々だった。
「珍しいですねサピュルス殿。毎年川の方を警備しているのではなかったですか?」
「……王への挨拶をしてきただけです。私も……春季の54日に成人したので……では、失礼します……」
サピュルスは兄と違って陰気だ。彼は重そうな足取りで川の方へと向かっていった。何をあんなに憂鬱なのだろうと首を傾げるルゼルトの横で、エレナはその背を真剣に見つめていた。
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