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ネット上に、安眠スイッチ手術を施してくれる医者の情報が数多く寄せられた。


合言葉や料金、書かされる承諾書、必要な書類、疾患によっては断られる、など。


どれも眉唾物の情報だったが、人々はそれを喜んだ。


また誰かが中継をしないか。


ニュースにスイッチが登場しないか。


不気味で奇妙な出来事を渇望していた。




やがて独り身の人間の不審死が相次ぎ、そのうちの多数が「謎のスイッチ」を握りしめているというニュースが流れた。


「安眠スイッチ」の存在を知る者たちは、「ついに来たか」と興奮した。


「安眠スイッチ」の存在を知らない者たちは、「なにが起こっているのか」と不安になった。


単なる都市伝説だったものが、メディアに流れ出はじめた。




「安眠スイッチ」の存在が徐々に世間一般に知られるようになった。


TVでは連日キャスターと何らかの専門家が意見を交わしていた。



「安楽死は多くの人が望むものではありますが、広く合法と考えるのは難しいですね」


「例えばどのような時には合法となるのでしょうか」


「身体的苦痛が続き、死期が近く、本人の希望によるものである場合、ですね」


「しかし『安眠スイッチ』の場合、身体的苦痛から逃れるものではない、と」


「ええ、そうです。また、死期に関係なく手術が行われている可能性も高い」


「やはりこの手術が存在するとすれば、違法ということになりますか」


「……はっきりとしたことは言えませんが、おそらく」




様々なTVで、ネット上で、家庭で、この話題は世間を席巻した。


「安楽死ではなく尊厳死。人は自分で死に方を選べる権利を持つべきだ」


「本当に百万円だとすると、むしろ安すぎるという気もする」


「手術の詳しい話を医者から聞いてみないとわからないな」


「電車に飛び込んだりビルから飛び降りたりするよりも健全だと思う」


「『安眠スイッチ』を批判する前に飛び込み自殺を規制しろ」




肯定派と否定派に分かれ、議論することが日常になっていた。


いつも結論など出なかった。


詳しいことが何一つわからない、曖昧な状況では無理もないことだ。


そんな議論が繰り返される中、ある医者が記者会見を行った。


安眠スイッチの手術について話すことがある、とのことだった。


もちろんすべてのTV局が報道特集を組むこととなった。




まず最初に、ネット中継を行った「安眠少年」の手術は自分が行ったことを告げた。


「そのことについて、違法とは考えなかったのですか」


そう聞いた記者がいたが、医者はそれを一蹴した。


「私の行為は法に触れてはいません」


「私が正規の医者であること、本人の精神的苦痛、本人の意思、それらも当然考慮しますが」


「私は安楽死の手術を行ったわけではありません」


「自殺幇助でもない」


「ただ神経をひとまとめにし、それをつなぐスイッチを作っただけです」


「そのスイッチを後生大事にする人もいるでしょうね」




「あの映像で、彼はとても若い、未成年という印象を受けましたが」


「彼は18でした。一年遅れて高校に通っていた3年生です」


「ということは、未成年だったんですね」


「ええ、この場合、親の同意書が必要でしたが、それもきちんと用意されていました」


「つまり違法ではないと」


「ええ、もちろんです。違法行為であれば、このような場所に出て来れません」


親の同意書があるといっても、あのネット中継の母親の取り乱し方は尋常ではなかった。


ではその同意書は少年が偽造したものだったのだろうか。




その後、様々な質問が飛んだ。


みな知りたいことがたくさんあった。


ネット上の憶測や不確かな情報では満足できていなかった。


レポーターも、視聴者も、誰も彼も興味津々だった。


初めは緊張気味だったその医者も、徐々に饒舌になり、持論を展開していった。


ネットではその中継の実況が盛んになり、ますます議論が熱くなっていった。




「今までどのくらいの手術を行ってきたのですか」


「第一例の彼だけは、私が手術を施したことを言ってもよいと約束してくれました。それ以外の術例についてはお答えできません」


「手術代が百万円というのは本当ですか」


「本当です」


「手術にかかる時間は」


「1時間前後です」




「人の命についてどう思いますか」


「質問の意味が分かりません」


「自殺幇助である考えはないのですか」


「ええ、自殺幇助ではありません。詭弁ですが」


「……」




みな、この医者をどう扱えばいいか、悩んでいた。


人殺しだと叫んでも、根拠に乏しいと思えた。


「安眠スイッチ万歳!」と叫んでも、世間から冷たい目で見られそうだった。


しかし、自分も手術をしてもらおうか、と考えた人間はあまりにも多かった。




次の日、手術の希望者が殺到し、二年先まで予約でいっぱいになったそうだ。


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