第254話 お前がやってみるか?

「ですから、信頼できる家臣に任せるのが良いかと」


 俺の家臣もしくはその配下が娼館を運営し、稼ぎの一部を直接上納させる方法をとれと言っているのだ。


 金を稼ぐ目的だけであれば、ケヴィンの提案が一番良いだろう。


「お前がやってみるか?」


 聞いてみたら眉がわずかにピクンと動いた。


 どうやら驚かすことに成功したらしい。


 いつも生意気な態度を取っているから、気分が良いな。


「ありがたいお話ですが、私はいろんな所に行ってしまうとジャック様のサポートが忙しいのでお断り致します」


 領主の仕事をせずに遊び回っているから忙しくて大変だ、ってことを遠回しに言われてしまった。


 相変わらず主人を主人だと思わない態度をしているが、ジラール家繁栄の兆しが見えている今、俺を裏切ることはないだろう。


 もしあるなら、俺に子供が出来た場合か。


 ……。


 夜の戦いは少し控えておこう。


「では、領地管理の一部をユリアンヌにさせるか?」


 夫が外で働いている間、妻が家の資産を管理するケースもある。


 その場合、側室のアデーレには何の権利もないので、正妻であるユリアンヌが担当となるのだ。


「奥様が可能だと考えておられるので?」


 ユリアンヌにデスクワークの才能はないだろ、なんて忠告してきやがった。


 そんなこと言われるまでもなく、俺のほうがよくわかっている。


 不可能だ。


 運動や戦闘能力は高いが、勉強は苦手だからな。


 命令すれば頑張るとは思うが、ケヴィンの仕事を増やすだけである。


「それについては、お前の意見に賛成だ。ユリアンヌに任せてもトラブルしか起きない。やめておこう」


「さすがジャック様。聡明ですな」


「お前ほどじゃない」


 乾いた笑い声をだしながら、他に仕事を任せられる人材がいないか検討する。


 最初に思いついたのはハイナーだが、あいつはミスリル鉱石を売って金を稼ぐ仕事がある。


 ルートヴィヒやルミエも忙しいし、イナは論外だ。


 残るはグイントだが、アラクネの情報収集させているので動かせない。


「任せられる家臣がいない」


 ゲーム内には内政に特化したキャラクターもいたが、ジラール領で出会うのは不可能だ。


 優秀なヤツらほど王都での出世を夢見るからな。


 田舎になんて見向きはしない。


「ジラール家が関わっているとバレないよう、ケヴィンが動け」


「かしこまりました」


 ケヴィンは恭しく頭を下げた。


 小言はいうが、俺がしつこく命令すれば従っている。


 うむ、やはり裏切りの兆候は見られない……よな?

 

「ついでに孤児院でも作って、勉強の機会も作ってやるか」


 今は、目の前の生活に追われているため勉強したいという需要はないので、最初は孤児をターゲットにしよう。


 まともな仕事ができるよう最低限の教育をしてやれば将来の労働力として期待できるし、他の領民たちも勉強の重要性を理解してくれるはずだ。


「孤児院の計画は俺が作るから、実行の責任者としてケヴィンが担当しろ」


「かしこまりました」


 娼館と孤児院、二つの仕事を持つことになったケヴィンは疲れた顔をしていた。


 短時間で大きな仕事を振られたんだから、大変なことになったと内心焦っていることだろう。


 いい気味だッ!


 普段の行いを反省して、これからは俺に優しくするんだなッ!

 

「ですが、片手間となるので大規模なことはできません。特に娼館の方は早急に代役をお捜しください」


「そのつもりだ。建物が完成するまでには連れてくるさ」


 ケヴィンに大きな力を持たせてしまえば、裏切ったときの影響力が大きくなってしまう。


 今後のことを考えれば、代役捜しは必須と言えるだろうな。


 立ち上げ時期の大変なところだけ頑張ってもらおう。


「一時的な責任者が決まったのであれば、あとは場所と予算だな」


 とはいっても場所について選択肢はない。


 東西南北に一つずつある村に作ったところで、誰も来ないだろう。


 それでは稼げないのだ。


 逆に上手くいったら、住民の半数ぐらいが娼婦になってしまいそうである。


「娼館と孤児院はジラール領の中心、この町に作るぞ」


「かしこまりました。して、娼館の予算は?」


 正直なところ適正価格はわからん。


 ジラール領では娼館を作ったことはないので、過去の資料を探したところで参考にすらならないんだろう。


「金貨三百枚ぐらいか」


「そのぐらいですか……」


 余剰資金いっぱいの金額を提示したら、ケヴィンは考え込んでしまった。


 やばい、少なかったか?


 土地の購入から建物の建設、娼婦や孤児集め、そのほか避妊具や石けんなどの道具も必要になる。


 最初は小規模で運用するとしても、この予算では足りないかもしれない。


 とはいえ事業の種はまいておかなければ、領地の発展は大きく遅れてしまう。


 手は抜けないので、個人資産から出すか。


「それと俺のお小遣いから金貨五十枚上乗せだ。これで娼館は作れるか?」


 驚いた顔をしたケヴィンを久々に見た。


 結婚パーティーの時すら、こんな表情はしなかったぞ。


 追加資金を含めても足りないのか。


 これ以上は出せないので別の事業にした方が……。


「ジャック様は、そこまで力を入れるつもりですか」


 ん? どういうことだ?


 金は足りないんじゃなかったのか?


 もしかして俺、出し過ぎ?


「わかりました。この私が国中に名が知れ渡るほどの娼館を作ってみせましょう」


 いやいや。


 俺はそんなこと望んでないぞ!


 金が稼げて、仕事にあぶれている人たちの一時的な受け皿となれば良いと思っていただけ。


 王国内で最も有名な娼館にするつもりはないのだが。


 とはいえ大きな仕事を任されて気合いの入っているケヴィンのやる気はそぎたくない。


 資金は減らせないので、注意だけはしておくか。


「衛生面は絶対に手を抜くな。あとは子連れの女も安心して働けるよう、孤児院に預けられる体制を作っておけ。母親が働いている間に、子供に文字の読み書きを教える」


 子供が安心して育つ環境さえ提供すれば、愛情ある母親はどんな環境でも耐えられる。


 いつかは今の環境を抜け出すチャンスが手に入るかも、と期待を持つことだろう。


 そうなれば気合いを入れて男どもを接客してくれるだろうよ。

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