第253話 夜の業務も重要だからな

 夜中まで二人と激しい運動をした。


 ユリアンヌはベッドの上だと控えめだが、逆にアデーレは積極的になる傾向がある。


 獣人の血が騒ぐからだろうか。


 普段は俺の命令に対して従順だから、たまには獣のようにむさぼる姿を見るのも新鮮で良い。


 新しい魅力を一つ知った、という感じだ。


 朝になったというのに、まだ寝ている妻を残して寝室から出る。


「あっ……ジャック様」


 メイド見習いのイナと遭遇した。


 俺の姿を見るとすぐ顔が赤くなり、数秒遅れてから道を譲って頭を下げる。


 恐れや緊張より恥ずかしさが先に出る、か。


 この反応……部屋の外からアノ声に気づいてしまったな。


「外まで聞こえていたのか?」


 声をかけるとイナの肩がビクンと動いた。


 その直後、プルプルと震え出す。


 いじめたくなるような反応ばかりするな。


「も、申し訳ございませんっ!」


「俺は質問しただけだ。なんで謝っているんだ?」


「それは、その……」


「ん? 言ってみろよ」


「申し訳ございません!!」


 頭を下げているから表情が見えないな。


 顎を触って顔を確認しようとする。


「ジャック様。やり過ぎです」


 注意したのはルミエだ。


 声がした方を見ると、掃除道具を持って大股で歩いている。


 あ、これはマジギレのパターンだ。


 反応が面白かったからとはいえ、ルミエが怒るようなことをするつもりはなかった。


「見習いなんですがから大目に見てもらえませんか?」


「俺は怒っているわけじゃなく、質問をしていただけなんだが……」


「イナを困らすようなことを言っていたんですよね。何を聞いたんですか?」


「いや、そのだな」


 今度は俺が言い淀んでしまう。


 結婚しているんだから世継ぎを作らなければいけないし、毎晩行為に及ぶのは不思議でない。


 むしろ推奨される。


 だがなんとなく、ルミエだけには知られたくなかった。


「…………」


 無言でじっと見つめてくる。


 プレッシャーを感じてしまい目をそらしてしまう。


「些細なことだ。ルミエが気にすることではない」


 逃げるようにして立ち去る。


 本来のジャックと邂逅してから、どうもルミエとの距離感に悩んでしまうな。


 彼女をどう扱っていきたいのか、どこかのタイミングで整理した方が良いだろう。


 考え事をしながら廊下を歩き執務室に入る。


 今度は羊皮紙を抱えたケヴィンと出会った。


「早いお目覚めですね」


 いつもよりも二時間も遅くきたのだから、嫌みだと捉えた方が正解だ。


 結婚したからといって甘えるなよとでも言いたいのだろう。


「夜の業務も重要だからな」


「もちろんでございます」


 世継ぎの誕生はケヴィンも望んでいるはずなのだが、どうでも良いような反応をされてしまった。


 何を考えているんだかな。


 わからん。


「だったら寝坊ぐらい見逃せ」


「両立してこそ良い領主と呼ばれるのです」


 ケヴィンは恭しく頭を下げた。


 抱えている羊皮紙は一枚も落ちない。


 無駄なところで高い技術を使いやがって。


 ここで否定してしまえば向上心がないと判断されるかもしれないので、曖昧な言葉で濁しておくか。


「そうかもな」


 執務室の中を歩いて俺の椅子に座る。


 デスクに置かれた一枚の羊皮紙を手に取った。


 各村の不正がなくなり、住民の生活が豊かになりはじめているという報告書だ。


 見せしめに処刑しまくった効果が出ているようだな。


 敵対していたデュラーク男爵を滅ぼしたのも大きい。


 続いて今月の収支を確認すると、アラクネの集落から手に入れた鉱石の販売益が大きいとあった。


 去年の半年分ぐらいの利益が出ているぞ。


 自然と口元が緩んでしまう。


「こんなに儲かるのか。笑いが止まらんな」


 良い気分だったのだが、すぐに機嫌が悪くなる。


 どさりと、羊皮紙の束が置かれたのだ。


「ジャック様。良いことばかりではありません。旧デュラーク領からきた難民によって治安及び衛生状況が悪化しています」


「今も難民は増えているのか?」


「セラビミア様のおかげで難民の流入は止まっていますが、過去に来た人々が問題を起こしているようですね」


「やつらに仕事を与えてはどうだ」


「既に動ける男は力仕事をさせています。残りは冒険者として使い潰すぐらいでしょう」


 そういえば、日雇いの仕事をさせていたことを思い出した。


 仕事を渡した上で、それでも足りないのか。


「女子供は冒険者にしても意味はない」


 肉盾にすらならない。


 魔物や動物の餌になって繁殖の手伝いをするだけだ。


「ですな。娼館でも作りますか?」


 俺の領地では組織として作ったことはなかった。


 もちろん男がいる以上、需要はあるので仕事としては今の領地でも存在する。


 未亡人や貧しい家庭の娘などが個人で売春をする形だが。


 彼女たちは後ろ盾なんてものは存在しないのにで、相場よりもかなり安く体を売っているという状況だ。


「奴隷商に売られて人口が減るよりかはマシか」


 子供はいつか大人になり、貴重な労働力となる。


 奴隷として他領に連れて行かれるぐらいなら、稼ぐ手段を提供するべきかもしれない。


「ですが、領主が直接運用すると評判が悪くなります」


 体面の問題か。


「くだらないな」


「ですが、バカにはできません。領民からも侮られてしまいます」


「……それは悩ましいな」


 他の貴族からの評判なら、どんなに悪くてもいいのだが領民はマズイ。


 反乱の目が出てしまうかもしれないのだ。


 しかもユリアンヌやアデーレたちが嫌な思いをするかもしれない。


 残念ではあるが、直接運用は諦めるか。


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