第252話 模擬戦がしたくて俺を起こしたんだろ?

「難しい話は今ので終わりですか?」


 手に持っていたカップをテーブルに置くと、ユリアンヌが聞いてきた。


 結婚旅行が難しい話とはどういうことだと思いつつも、他に話題はないのでうなずくことにした。


 細かいことには突っ込まないのが夫婦円満の秘訣である。


 一度失敗したからこその説得力があるはず。


「そうだな。あとは気楽に過ごそう」


 もう予定はない。


 寝るだけなので、ユリアンヌの隣に座ると正面いるアデーレを見た。


 薄い生地の寝巻き着ている。


 獣人用として尻の部分に穴が空いているから、尻尾もちゃんと出ており、ゆっくりと揺れていた。


 一定のリズムを刻んで動くメトロノームを見ているようで眠くなってくる。


 意識が薄れてきた。


 このまま気持ちよく寝られそうだ……。


「旦那様っ!!」


 肩をガクガクと湯されされて一気に目が覚めた。


 また襲撃でもあったのかと警戒しながら立ち上がる。


 誰もいない。


 紅茶を飲んでいるアデーレの尻尾がピンと立ち、驚いているだけだ。


「何があった?」


 俺を起こした犯人であるユリアンヌを見る。


「あのですね……」


 どうやらやらかしてしまった自覚はあるようで、気まずそうにしながら言葉につまっている。


 話したりないから無理やり起こしたのか?


 だとしたら可愛いことをするじゃないか。


 そんなイタズラで怒るほど器は小さくないぞ。


「寝て欲しくなかったんだな」


 ソファの上に膝をつき、ユリアンヌの顔を優しく撫でる。


「昼は忙しくて寂しくさせてしまったな。今日はじっくりと話そうか」


 俺の言葉に反応したのはユリアンヌではなく、ヴァンパイアだった。


『恥ずかしいセリフだな』


 うるさい。


 自分でも歯が浮くような発言をしているなという自覚はある。


 だがな、時にはこういった愛情表現も必要なんだよ。


「お話も良いのですが、もっと別のことをしませんか?」


 模擬戦でもして一汗流したいのだろうか。


 そういえば最近、アデーレとすら手合わせできていない。


 三人で一緒に剣を振るうのもあり、か。


「夜戦の訓練にはちょうどいい時間だな。模擬戦でもするか」


「え、旦那様??」


「どうした。模擬戦がしたくて俺を起こしたんだろ?」


「違いますっ!」


 ユリアンヌが驚いていることに、俺も驚いた。


 騎士として生きていこうとする彼女にとって、訓練をしたい以上のことはないはず。


 すると、筋トレとかがご希望なのか。


「なら腕立て伏せをするか。何回できるか競争でもしよう」


 我ながら良い案だ。


 お互いに競い合うことによって仲が深まる。


 アデーレも参加してもらって、体を鍛えようじゃないかッ!!


「……ジャック様?」


 どうやら俺は対応を間違ってしまったようだ。


 出会ってから初めて経験するほどの冷たい声をユリアンヌが発している。


 二回目の結婚生活が早くも破綻か!?


 いやいや、待て。


 まだ終わりじゃない。


 挽回は可能だ。


 次の一手を間違えてはいけない。


 慎重に行動しよう。


「どうしたんだ?」


 過去の失敗が脳裏をよぎり、声が震えてしまった。


 情けない姿を見せてしまい幻滅されてないだろうか。


「夜になってまで体を鍛えるつもりはありません」


 そうだよな。


 俺もおかしいと思っていたところだ。


 風呂も入り終わって寝る準備ができてるんだから。


「だったら何をしたいんだ?」


 最終手段として直接聞いてみたのだが、ユリアンヌは頬を赤くしただけで黙ったままだ。


『本当に分からないのか。なんと不憫な女たちだ』


 うるさい。


 こっちは離婚の危機で真剣に悩んでるんだから、無関係なヴァンパイアは黙っていろよ。


「ジャック様」


「どうした?」


 名前を呼ばれたので返事をすると抱き付いてきた。


 唇で口を塞がられてしまい何も言えない。


 直前まで紅茶を飲んでいたからか甘い香りがするな。


 舌こそ入ってこなかったが長い間、同じ体勢を続けていた。


「私のしたかったこと、わかりました?」


 唇が離れると恥ずかしそうにしながら言われてしまった。


 こんなことされて分からなければ男として失格だ。


 ユリアンヌから求められることがあるなんて思いもしなかった。


 驚いたぞ。


「もちろんだ。今日はどうする?」


 二人を交互に見た。


 初夜と同じで一緒にするのか。


 それとも別々にするのか。


 幸いなこと……と言って良いのか悩むが、ジャックの体は精力に溢れている。


 どちらを選んでも戦い続ける自信はあった。


「アデーレどうしましょう?」


「ユリアンヌ様が選んで良いですよ」


 少し前まで張り合っていた二人であったが、今はお互いを尊重するような言動をするほど仲が良い。


 本妻と側室の争いはなさそうなので安心ではあるが、このままだと話が進まない。


 今度は俺が攻める番だろう。


「決まらないんだったら俺の好きにさせてもらおう」


 ユリアンヌを抱きかかえるとベッドにまで持って行く。


 優しく置くと、アデーレを見た。


「お前もこっちに来るんだ」


「はいっ!」


 尻尾をふりながら走り、抱き付いてきたので、体をくるっと回転させてアデーレをベッドの上に寝かせる。


 小さい体の上に馬乗りになる。


「俺をたきつけたんだ。二人とも明日は寝不足になることを覚悟しておけよ」


 恥ずかしながらも嬉しそうにしている顔を見て、今の発言は間違ってないと確認する。


 上着を脱ぎながら宣言すると、三人で長い夜を楽しむことにした。


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