第251話 夫婦で旅行に行くぞ
ハイナーの店で毒を注文してから数日が経過した。
結婚祝いとして各村に食料と酒を振る舞ったこともあって、俺の評判はかなり上がっている。
もう領内での反乱を恐れなくても良いだろう。
領地の経営状況も改善されているからケヴィンが裏切る可能性は低い。
ルートヴィヒを重用しているのでルミエとの関係も良好だ。
しばらくの間、領内を任せるぐらいはできる。
月に一回、会わなければいけないセラビミアとの約束だけは面倒だが、一日我慢すれば良いだけ。
ヴァンパイアとの約束を守る準備は着実に進んでいて、今のところはトラブルが起こる気配はない。
積極的に動ける条件が整ったのだ。
結婚旅行という名目で王都に行けそうである。
脳内で今後の予定を整理しながら屋敷から出ると、新しくできた建物の中に入る。
ここは俺とユリアンヌ、アデーレが一緒に過ごす場所だ。
夫婦だけの家と言い換えてもいいだろう。
結婚する前からこっそりと作っていたのだ。
今は夜なので二人とも寝室で待っているはず。
ドアを開けて中に入るとエントランスを抜けて廊下を歩き、目的の部屋に入る。
どうやら二人は、ソファに座って紅茶を飲んでいたようだ。
テーブルに二つのカップが置かれている。
「おかえりなさい」
俺に気づいたユリアンヌが立ち立ち上がり、アデーレも続く。
二人とも寝巻きの姿だ。
ドレスと宝石で着飾った姿、防具や武器を身につけた凜々しい姿も良いが、隙の多い格好も俺の好みだ。
生地が薄いから、触ると体温が伝わるのが良いんだよな。
非常に興奮して夜だって……いやいや、落ち着け。
ジャックを消滅させて欲望の暴走を心配しなくてもよくなったこともあり、最近は毎晩のように二人と励んでいる。
その影響がでてしまったようだ。
今日は真面目な話をするので、もうちょっとだけ理性を働かせよう。
「少し話したいことがある。時間はとれるか?」
「旦那様のためなら、どんなに忙しくても時間はあります」
「私もジャック様より優先することはありません」
予定外のお願いだというのに、二人とも快く承諾した。
俺がソファに腰を下ろすと左側にアデーレ、右側にユリアンヌが隣に座る。
太ももが触れあう距離だ。
お互いの体温や息づかいが感じられる。
「結婚パーティーも終わって色々と落ち着いてきた。領地の運営も順調で、アラクネとの交易で収益が上がっている」
領地の経済状況は共有している。
ボロボロで破滅しそうだったジラール領が復活しつつあることを二人も感じていた。
「しばらく俺たちがいなくても領地は安心できる」
「領民も顔は明るいですし、魔物の被害も減りましたからね」
私兵と巡回に出ることの多いユリアンヌは、現地の変化からも状況が好転していると気づいているようだ。
「だから、夫婦で王都に行くぞ」
二人ともカップを持ちながら驚いた顔をしていた。
働くことばかり考えていたので、旅行なんて発想は出てこなかったんだろう。
最初は俺も似たような考えだったから気持ちは分かる。
「旦那様、本当に良いのですか? お金に余裕があるとは言えない状況ですが……」
「俺たちが王都にいくぐらいなら、なんとかなる」
ジラール領は王都から離れてはいるが、夫婦ぐらいなら許容範囲内だ。
本当は護衛を数名連れて行きたいが金の問題で諦めている。
現地で下級貴族用の宿を使ったとしても一週間は滞在できるだろう。
その間に裏の仕事を終わらせれば良いだけだ。
「お仕事はどうされるので?」
「ケヴィンを残すから問題ない」
大きな問題さえ起きなければ、しばらくは任せられる。
王国内の貴族はリーム公爵領の動向に注目しているし、俺が不在の間に攻めてくるヤツはいないだろう。
また領地の開発が進めば、今よりも忙しくなる。
俺が判断しなければいけないことも増えてくるので、タイミングとしても今が一番良いのだ。
「それなら私は賛成です。実は小さい頃から旅行というのをしてみたかったんです!」
ゲーム中にマップを移動するとフリークエストが発生していたので、そのシステムが現実に適応されただけかもしれないが、この世界は盗賊や魔物がよく出現する。
貴族ですら気軽に遠出できる環境ではないのだ。
戦う力があるとはいえ、ユリアンヌは一度も旅行をしたことなんてなかんったんだろう。
「アデーレは?」
「ジャック様の行くところが私の居場所です」
なんとも重い回答をしやがった。
ゲームでは、もう少し自分の意見を主張するタイプだったはずなんだがな。
他にも散歩が好きでよく領内を歩き回り、時折アデーレ専用の好感度アップイベントなど発生していたのだが、今は俺の側を離れようとしない。
姿が見えないときは中庭でユリアンヌと訓練をしているし、性格が変わったなという印象を持つ。
悪い変化ではないのだが、ゲームの設定から逃れられる方法があるかもしれないという期待感がある。
例えば設定上では必ず死ぬことにされているキャラクターを救うことだって、もしかした可能なのかもしれない。
王都にいるはずである愛に狂った令嬢の顔を思い浮かべながら、助けたら貴族のコネクションが増えるかもしれないなんて、打算的な考えが浮かんでいた。
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