第248話 旦那様……

「お披露目の時間が楽しみですね」


 ルミエは嬉しそうにしている。


 長く仕えていたジャックが結婚し、一人前の男として活躍することを想像しているからだろうか。


「それまでの間、酒でも飲んで待っていろ」


 テーブルに置かれていたワイングラスを取るとルミエに渡す。


 一緒にのみ、軽食をつまんでいく。


 新人メイドのイナの教育が忙しいこともあって、ルミエと話す機会が大きく減っていた。


 今日は久々に一緒にいる時間を過ごせている。


「楽しんでいて良いのでしょうか。今からでも給仕した方が……」


「いらん。今日は仕事を忘れて楽しめ」


 酒や料理が欲しければ、私兵たちは勝手に持ってくるだろう。


 ルミエの手にある空のワイングラスを奪い取り、代わりにエールの入った木製のジョッキを持たせる。


 俺の酒が飲めないのかと視線を送る。


「強引なところは、大きくなっても変わりませんね」


「当然だ。俺はジャック・ジラールなのだから」


「ふふふ」


 小さく笑うだけで何も言わない。


 何を考えているのだろうか、ジャックのことをどう思っているのだろうか。


 一番は弟のルートヴィヒで、彼が幸せに生きる為であればジャックと結婚すらしてしまう。


 今もそんな性格、いや設定を忠実に守っているのか?


 どうしても気になってしまう。


「お前は俺のことを――」


「みんな楽しんでいるーー?」


 会場の扉が勢いよく開いて、俺の声はかき消されてしまった。


 聞かれなくて良かったと安堵しながら侵入者を睨みつけ、手に持っていたワイングラスを落としてしまう。


「なぜここにいる!?」


「ジラール男爵の結婚式だからね。お祝いに来たいんだよ」


「お前は呼んでいないッ!!」


「へー。命の恩人に対して、そんな扱いして良いのかな?」


 クソッタレな元勇者のセラビミアが、周囲に聞こえるよう大声ていいやがった。


 何があったんだ? と、全員の視線が俺に集まる。


 アデーレやユリアンヌにすら、空中都市での出来事は話していないのに、オープンな場所で言えることなんてないぞ!


「デュラーク男爵と戦うときには世話になったな」


「そっちの方!?」


 デュラーク男爵が攻めてきたとき、エルフ姉妹やセラビミアに助けてもらったからな。


 丁度良い口実があって助かった。


 これ以上、変なことを言われたら、レックス殺害やリーム公爵領の破壊行為などといった犯罪行為が明るみに出てしまう。


 セラビミアに話す隙を与えてはいけない。


「確かに命の恩人であれば結婚パーティに参加する資格はある! 歓迎しよう!」


 両手を広げて宣言すると、招待客達がパチパチと手を叩く。


 何で居るんだという疑問は持っているだろうが、指摘するようなヤツはいなかった。


「もちろん。お祝いの品を持ってきたよ」


 セラビミアは指をこすり合わせて、パチンと乾いた音を鳴らす。


 メイド服を着たエルフの姉妹――緑の風が会場に入ってきた。


 二人の両手にはパンパンに膨れ上がった大きい革袋がある。


「中に何が入っている?」


「色気はないけど役立つ物。現金だね!」


 普通で逆に驚いてしまった。


 金のない領地だから非常にありがたい。


「ありがとう」


 緑の風が俺の前に来たので受け取ると、ルミエに渡す。


「適当な場所に置いてくれ」


「かしこまりました」


 ルミエは会場の一番奥にあるテーブルに革袋を置いた。


 元ではあるが、勇者から祝いの品をもらったと皆にアピールするためだ。


 用件が済んだので帰ってくれと思っているのだが、当然のように願いは叶わない。


 セラビミアは笑顔を浮かべながら俺に近づいてくる。


 いつの間にか、手には知っている短槍があった。


「それとこれは、ハイナー君から預かっていたものだ」


 俺がユリアンヌのために作ってもらったミスリルの短槍である。


 穂先には毒蛇が彫られており、ジラール家の所有物だというのが一目でわかるようになっていた。


「どうしてお前が持っている?」


「ジラール男爵のことなら何でも知っているんだよ」


 嘘つけ。


 ゲームの知識を使って行動を予測しているだけのクセに。


「後、指輪もね。どうぞ」


 二つの小箱があった。


 短槍をテーブルに置いてから受け取る。


「旦那様……」


 ユリアンヌは期待したような目で俺を見ていた。


 結婚指輪をもらえると、内心喜んでいるのだろう。


 予定は少し狂ってしまったがパーティー会場で渡す予定だったのだ。


 セラビミアの登場によって俺に注目が集まっている今、タイミングとしては悪くないか。


「今日からユリアンヌとアデーレはジラール家の一員となる。その証として指輪を贈ろう」


 小箱から指輪を取り出すと、まずは正妻であるユリアンヌの薬指につける。


「これからも一緒だ。共に戦っていこう」


「ありがとうございます」


 泣きながら笑いやがった。


 器用なヤツだな。


 残っていた指輪を取り出すと、今度はアデーレの前に立つ。


「これからも俺と、そしてこの家を守ってくれ」


「もちろんです!」


 尻尾を横に激しく振っている姿を見ながら、薬指につけた。


 二人から離れて短槍を持つと、再びユリアンヌの前に立つ。


「結婚後も戦い続け、領内の治安を守るんだ」


「旦那様……」


「受け取ってくれるか?」


「もちろんです!」


 短槍を恭しく受け取ると、ユリアンヌは俺にもたれかかった。


 周囲からキスコールがうるさい。


 無礼講ではあるがムカつく。


 こういうときにセラビミアが邪魔をしてくれると助かるのだが、無感情のまま見ているだけである。


 使えない女だな。


「どうしましょう?」


「するしかないだろ」


 ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねた。


 歓声が上がる。


 ルミエや遠くから見ているイナは、手で口を隠しながら驚いていた。


 ケヴィンはうれし涙を流し続けている。


 ようやく仕事が終わったと思ったのだが、キススコールは続いている。


 次はアデーレにしろってか!?


 私兵どもめ……明日の訓練は特別メニューにしてやるッ!


「ジャック様……」


 ユリアンヌが離れるとアデーレの後ろに回る。


 ぽんと軽く背中を押した。


「こいよ」


 手を前に出すとアデーレが掴んだ。


 強引に引き寄せると彼女とも唇を重ね、ようやく結婚パーティのメインイベントが終わったのだった。



======

【あとがき】

本章はこれで終了です。

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