第239話 くだらない男

『すぐにわからせてやる!』


 セラビミアに反撃されないと思ったようで、ヴァンパイア・ソードを手放すと、両手を使って防具を剥ぎ取ろうとしている。


 このままだと公爵家で広まった噂が事実になってしまう。


 それだけは避けたい!


「その気持ちが本当なら、少しだけ手助けしてあげる」


 誰もいないはずの白い部屋に女性の声がした。


 知っている声である。


 振り返ると、ヴァンパイア・ソードが宙に浮いていた。


 呪いというつながりがあるからこそ、この部屋には入れたのだろう。


「見返りに何を求めている?」


 無条件で助けるとは思わない。


 対価を求めてくるはずだ。


 しかも、俺が追い詰められるまで待っていたのだから、簡単な内容ではないだろう。


「いいね。あのバカより話が分かる」


 こいつ、ジャックにも取引を持ちかけて、断られていたのか?


 危なかったな。


 もしアレが提案を受け入れていたら、もっと早く体の主導権を奪われていたことだろう。


「時間がない。取引内容を教えてくれ」


「いいだろう」


 ヴァンパイア・ソードが光ると、色白の女性に変わった。


 金髪で目は赤い。


 周囲の光りを吸い込んでしまいそうな、真っ黒いドレスを着ている。


「私はあの男を、この部屋に戻す力がある」


 呪いによる強制力なのか知らんが、今の俺が最も望んでいる能力だ。


「再戦のチャンスをくれるなんて、最高な女だ」


「自力で立ち上がれた今なら、さっきより体は動かせるはず。分の悪い賭けにはならないと思うよ」


 言われて気づいたのだが、さっきよりも体が動きやすく感じる。


 精神世界だからなのか、気合いと根性でなんとかなるように作られているみたいだ。


 元々、戦闘技術はアデーレと訓練した俺の方が高いんだし、負ける要素がない。


 絶対に勝てる。


 そんな自信にあふれていた。


「それで君が勝てたら、私が復活する手伝いをして欲しい」


 これは驚いた。


 数百年は体を失っているのに、復活できる手段があるらしい。


 お互いに体を取り戻したいという共通点に親近感はわくが、油断してはいけないと言い聞かせる。


 ヴァンパイアが今の状態になった経緯を考えれば、注意しなければいけない点はあるからな。


「体を取り戻したら、何をするつもりだ?」


 警戒しているのはジラール家への復讐だ。


 初代を恨み、子孫を攻撃しようと考えるのかもしれない。


 または、ジラール領を狙っている可能性もある。


 土地を手に入れた後はヴァンパイア帝国を作る、なんて考えを持っていても不思議ではないのだから。


「人の血を浴びるほど飲みたい」


「その後は?」


「好きなときに起きて、食べて、寝る。そんな怠惰な生活がしたい」


 見た目は美人で野心あふれていそうな顔をしているのに、求めていることがニートのはニート生活とは。


 ギャップが大きすぎだろ。


 絶対に嘘だ。


 俺は騙されないぞ!


「本当は新しい勢力を作って、人間を滅ぼしたいんじゃないのか?」


「私は若くないんだ。そんなことしないよ」


 腹を抱え笑われてしまった。


 ヴァンパイア・ソードとして封印されている間に、考えが変わったのだろうか。


 もしかして本当に、ニート生活がしたいだけなのか?


「なんだ。お前は私の事を疑っているのか?」


「追い込まれた相手に取引を持ちかけるヤツを、素直に信じられるかよ」


「性格が悪いな」


「うるさい。裏切りに敏感なだけだ」


 ジャックとして活動してきたからか、常に裏切りについて考えるようになってしまった。


 裏があるんじゃないかって、思ってしまう。


 悪いクセだな。


「好きに疑えば良い。私はゆっくりと待つさ」


 ヴァンパイアは画面を指さしながら、挑発するような声で言った。


 ジャックは無抵抗なセラビミアの防具を外し、服を破いている。


『どうだ! 俺の女になる気になったかッ!』


『くだらない男。それに下手クソだ。女の扱いを分かってない』


『うるさい! 黙れ!』


 ジャックがセラビミアの頬を殴りつけた。


 口から血が流れ出る。


 それでも彼女は抵抗せず、目はずっと俺を見ている。


 あれは、諦めているのではない。


 必ず戻ってくると信じているか。


 これだから重い女は嫌いだ。


「いいだろう。契約してやる。肉体を取り戻したら、お前の復活を手伝ってやるよ」


「契約完了だ」


 ヴァンパイアの体から赤いオーラのようなものが出現した。


 一部が細く伸びて白い部屋の天井を突き破る。


「我が呪いは魂と深く結びつく。抵抗出来なければ、こうやって引きずり下ろせるのだ!」


 天井からジャックが落ちてきた。


 頭を打ったみたいで、精神体が少し薄くなったように感じる。


「後は任せたぞ」


 一仕事終えたといった感じで、ヴァンパイアは後ろに下がって腕を組んだ。


 観戦モードだ。


「よう、また会ったな」


 手をつきながら、立ち上がるジャックの腹を蹴った。


 床を転がり壁に当たる。


「てめぇ、卑怯だぞ」


「褒め言葉だな。ありがとよ」


 今度は頭を蹴りつけてジャックを吹き飛ばす。


「死にかけていたクセに、なんで動けるんだよ!」


「気合いだよ。気合い」


 話している間にジャックは立ち上がったが、追撃はしない。


 ほどよくダメージを与えたことだし、じっくりといたぶるつもりだ。


 セラビミアに手を出そうとした罪、軽くはないぞ。


「クソが! 叩きのめしてやる!」


 何をするのか楽しみだ。

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