第240話 じゃ、二人の健闘を祈るよ

 俺の様子をうかがいつつジャックは、視線をヴァンパイアの方に向ける。


「そこの女! 俺の手伝いをしろ!」


 一人じゃ勝てないと思って仲間を作ろうとしているのか。


 浅はかではあるが彼らしい動きではあるな。


「私は彼と契約しているから、戦いには参加しない」


 当然の反応だ。


 これでジャックにも肩入れしたら、契約違反になる。


「だったら俺も契約する! 助けろ!」


「ふふふ。一度断ったのに自分勝手な男だ」


「うるさい! いいから話を聞け!」


「……内容は?」


「一緒に戦ってくれれば、お前の望みは叶えてやるッ!」


「望みねぇ」


 ヴァンパイアは俺のことを見た。


 どうする? と言いたそうな目をしている。


 二重契約か、普通なら許可しないところではあるが、


「剣としての協力なら、ジャックと契約して良いぞ」


 俺の目的はジャックに勝つことじゃない。


 もう二度と反抗したいと思えなくなるほど叩きのめし、精神を消滅させることにある。


 今回の話は、ジャックの精神を徹底的に叩き折るチャンス。


 そのためには勝てるかもしれないと、希望を持たせることも大事なのだ。


 人は落差が大きいほど失意は深くなるからな。


 妻に裏切られた俺は、その痛みをよくわかっている。


「本当に良いの? 君、負けるかもよ?」


「問題ない。許可する」


 高性能な武器を持っても、扱う人間の技量が悪ければ木の枝と変わらない。


 さらに付け加えるのであれば、今は精神体であるため吸血機能も使えないから、脅威度はさらに落ちる。


 ジャックがヴァンパイア・ソードを使っても戦闘能力はあまり上がらないのだ。


「ってことで、許可が下りたから手伝ってあげる」


 話しについて行けてないジャックは戸惑いながら、近づいてきたヴァンパイアのケツを触った。


 こんな状況でも自らの欲望を優先するか。


 ジャックの手をパシッと叩いたヴァンパイアが睨みつける。


「あの男に勝ったら、私の願いを一つ叶えてもらうから」


「任せろ」


 若干ではあるが、声が震えているように聞こえた。


 高圧的な態度に出られてビビったんだろう。


 俺はこんな男に一度負けたのか。


 なんだか悲しくなる事実だ。


「じゃ、二人の健闘を祈るよ」


 ヴァンパイアが光りに包まれると、剣の姿になった。


 宙に浮いている。


「おまえ! ヴァンパイア・ソードだったのか!」


 驚きながらも手に持った。


 こいつは本当に何もわかってないな。


 ノリだけで生きていそうだ。


 悩み事がなさそうで、不覚にも少しだけ羨ましいと感じてしまう。


「ふはははッ!! これでお前に勝てるぞ!」


 ヴァンパイア・ソードをブンブンと振って、自慢げな顔をしていた。


 武器を持ったぐらいで勝てると思っているところが最高に愚かだ。


 アデーレと訓練を続けていた俺と、怠惰な生活をしていたジャック。


 武器の一つで覆るほど小さな差じゃないぞ。


「こいよ。お前の心をへし折ってやる」


 人差し指を前後に動かして挑発する。


「そんな挑発にはのらんッ!」


 意外にも即座に攻撃はしてこなかったが、眉はつり上がっているので効果はあったようだ。


 ジャックはヴァンパイア・ソードの切っ先を俺に向けてくる。


 精神体なのに殺気まで放たれていて、本気だと感じられた。


「俺に最高な環境を提供したお礼として、生かしてやろうと思っていたがやめた。この場で存在を消してやる。覚悟しろ」


「さっさと行動で示せよ」


「てめぇ!」


 真っ直ぐに走ってきたと思ったら、間合いに入る直前で進路を変えた。


 俺の左側へと移動したのだ。


 ジャックは体をひねりながらヴァンパイア・ソードを横に振るう。


 予想外の動きに少し驚いたが、言ってみればそれだけだ。


 先ほど痛めつけた効果が出ているようで、動きが遅い。


 技術も拙いし、この程度の攻撃が当たることはないのだ。


 後ろに下がるとヴァンパイア・ソードが目の前を通り過ぎた。


 振り切ってジャックの体が止まったので、数歩前に出て腕を掴む。


 腕を折っても良いのだが、精神体に骨折という概念はないかもしれない。


 打撃によるダメージの方が大きいだろうと思い、ジャックに背中を見せると背負うような形で投げ捨てた。


「ガハッ」


 肺から全ての空気を出したような声だ。


 苦痛で顔が歪んでいる。


 こういったところは、精神体でも再現されているのか。


 考察を進めながらジャックの腕を何度も踏みつける。


 腕を踏みつけると折れたようだ。


 意外と再現度は高いな。


 骨折により、ジャックから離れたヴァンパイア・ソードを持つ。


「卑怯だぞ! 返せ!」


「返せとは妙なことを言うな。この剣は俺が見つけたんだぞ」


 所有権で言えば俺にある。


 なんでこいつは、自分のものだなんて思ったんだろうな。


 あれか、貴族の習性というやつか?


 他人のものは自分のもの的な。


「うるさい! 俺のものなんだよ!」


「たっく救えないな」


 あの素晴らしい両親に教育されたジャックは、考えを変えないだろう。


 死ぬまで傲慢で強欲な性格は続くはず。


 世界のためにも、ここで消滅させるしかない。


「俺は絶対に負けない」


 消えかけている体を必死に動かし、ジャックは立ち上がった。


 俺は少し離れて見ているだけ。


 もうこの世界にいたくないと思うまで、痛めつけてやる。


 じゃないと、俺の怒りは収まらない。


 それだけ、全てを奪おうとしたジャックに対して、許せない気持ちが強いのだ。

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