第237話 よう、俺

 堂々と宣言してから、かなりの時間が経過したと思う。


 意識がもうろうとしてきて、下水の臭いすら気にならなくなってきた。


 いつの間にかジャックらしき声は消えている。


 薄暗い下水道を一人で歩いていると、全ての感覚が曖昧になってきて、少し休みたくなってしまう。


 足を止めて座り込めば楽になれるだろうか。


「いや、ダメだ。俺は負けない」


 セラビミアを捕まえて無力化してから地上に戻り、アデーレとユリアンヌと挙式する。


 その後はアラクネの集落と交易して金を稼ぎ、領地を発展させるのだ。


 領地が大きくなれば破滅フラグなんて襲ってこないだろうし、平和が続いて贅沢な暮らしが出来るはず。


 それでも敵対するような相手がいたら、たとえ国王でも叩きのめしてやる。


 よし、気合いが入った。


 鉛のように重くなった足を一歩、また一歩前に出していく。


 ゴールがどこなのかわからず、心が折れそうになってしまうが、俺は諦めるなんてしない。


 泥水をすすっても生き延びてやる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 体力が底をつきそうで息切れしてきた。


 そんなときだ。


 壁に取り付けられた鉄のハシゴが視界に入る。


 顔を上げて天井を見ると、丸い蓋があった。


 押せば外に出られそうだな。


 手を伸ばそうとしたら背中にピシリと痛みが走るが、もちろん無視だ。


 鉄を触る、ひんやりと冷たい。


 痛みによって体が発熱していたので、心地よいと感じてしまった。


 足をハシゴにのせて登っていく。


 数メール上がっただけで天井に付いたので、蓋を押してみる。


 動かない。


 回復してきた魔力を消費して身体能力を強化、全力で押し上げる。


「うおおおお」


 痛みを誤魔化すために声をだした。


 少し蓋が浮いて、明かりが下水道に差し込む。


 ピキピキと肩や背中が痛む。


 ここで中断してしまえば、心が折れてしまいそうなので止められない。


 身体能力強化をさらに高めてハシゴを登っていく。


 蓋が開いて出口が見えた。


「地上だ」


 久々に明るい光を浴びて目を細める。


 ハシゴを登り切って、ようやく地上に出られた。


 どうやら住宅街のど真ん中らしく、周囲には建物ばかりだ。


 少し離れたところには魔力制御の首輪を発見した、要塞のような見た目をしている建物もある。


「制御センターに行かなければ」


 そこに、セラビミアがいるはずだ。


 左右にフラフラ歩きながらも、市街地を歩いて進んでいく。


 あ、やばい、と思ったときには遅かった。


 急に膝から力が抜けて倒れてしまう。


 視界が暗くなっていき、起き上がろうとしても体が言うことを聞かない。


 意識が途切れそうになった直前、見慣れた足元が視界に入る。


 あれはセラビミア――。


* * *


 真っ白な空間にいる。


 目の前にはジャック・ジラールがいた。


 視線を下げて自分の手を見ると、前世の体が白いオーラに包まれていた。


 透けて見えるのは、何か問題が起こっているからだろうか。


「よう、俺」


 声をかけられたので前を見ると、ジャックがいやらしい笑みを浮かべていた。


 まるで勝利を確信しているような。


 そんな態度である。


「誰だ?」


「お前がよく知っている男だよ」


 まともに答えるつもりはないようである。


 別の質問に切り替えるか。


「ここはどこなんだ?」


「待機部屋と呼んでいる。お前が俺の体を乗っ取ってからずっと、ここで見ていたぞ」


 時折、ジャックの残滓を感じることはあったが、本当に意識が残っていたとは。


 最悪だ。


「破滅しそうな状況を、よく立て直した」


 手をゆっくりと叩いて拍手され、警戒心が高まっていく。


 ゲーム通りの設定であれば、純粋に相手を褒めるような性格ではない。


 理解は追いついていないが、気持ちだけは負けないようにしよう。


「しかも綺麗な女を二人も手に入れたなんて最高だ。アイツらの顔を歪ませるのが楽しみだな」


「そんなこと、させない」


 ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


 悪辣な目をしていて、警戒心がさらに高まっていく。


「今度は、この部屋でお前が眺める番だ」


「断るッ!」


「今までの活躍を評価して意識は残してやると言ったのに。残念だよ」


 拍手を止めたジャックの手に、ヴァンパイア・ソードが現れた。


 彼女も敵に回ったのか。


 別にかまわん。


 俺にはアデーレやユリアンヌといった頼もしい仲間がいるからな。


「俺たちは精神体だ。致命的なダメージを受ければ肉体を残して消える」


 だから、ここで戦うと。


「受けて立とうじゃないか。さっさとかかってこいよ」


 ジャックは無言でヴァンパイア・ソードを振り上げ、走ってきた。


 短気で直情なところもゲームと同じだ。


 攻撃が単調だぞ。


 しかも動きは遅い。


 剣を振り下ろす前にジャックの腕を掴み、ひねる。


 体が半回転させて、頭が床にたたきつけられた。


 ヴァンパイア・ソードは手から離れて床に落ちたので、足で蹴って遠くに飛ばした。


「手を離せ!」


 頭を打ったというのにケガをしたようには見えない。


 ジャックが蹴ってきた。


 倒れたままなので威力はないと思って受けたのだが、思いっきり吹き飛ばされてしまった。


 痛みは感じないが、俺の体はさらに薄くなったような気がする。


 立ち上がろうとしたら力が入らない。


 膝をついたままだ。


 実体が保てなくなっているのかも。


「弱っているお前なんて、怖くないんだよッ!!」


 簡単に投げられたクセに生意気なことばかり言う。


 実力と態度が伴っていない典型的な存在だな。


 こいつがゲーム内で何度も裏切りにあった理由がわかった。

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