第235話 今度はデカいな

 鹿の頭にしがみついてから、どのぐらい時間が経ったのか分からないが、首を振る力は弱まった気がする。


 吸血効果によって体力を奪ったのだろう。


 このままだと死ぬと悟ったのか、鹿の魔物は首の動きを止めると走り出した。


 向かう先は倒壊した建物だ。


 瓦礫にぶつけるつもりらしい。


 即死したら吸血による回復なんてできないので、逃げ出さなければ。


 魔力なんてほとんど残ってないので魔法は使えず、ヴァンパイアソードを目から抜くと、鹿の頭を蹴って離れる。


 地面に着地すると、勢いを殺すためにゴロゴロと転がる。


「いたたた……」


 衝撃の分散は失敗したみたいで、体中が痛い。


 重力が倍になったんじゃないかと錯覚すほど体が重いし、万全の態勢からほど遠い状態だ。


 立ち上がりながら鹿の魔物の姿を探す。


 瓦礫に埋もれて倒れていた。


「自爆したのか?」


 勝てないと判断して一緒に死のうとしたのなら、魔物としては珍しい行動だと感じる。


 あいつらは、最後まで自分だけが生き残ろうとするからな。


 ピクリ。


 鹿の魔物の体が痙攣したように見えた。


 起き上がる気配はない。


 死後も筋肉が痙攣しているのだろうか?


 せめて死亡確認は取りたいと思い、警戒しながら近づく。


 ねじれた角が淡く光っていることに気付いた。


「光が、強くなっている」


 雷を放つ時よりもだ。


 さらには鹿の魔物の体も光り出したぞ。


 これから何が起こるのか、想像できてしまった。


 踵を返して全力で走る。


 足が重い、息だってすぐに切れてしまう。


 どうやら秘薬の効果は切れてしまったらしく、予想していたよりも前に進めない。


 魔力は底をつきかけているから身体能力強化はできない。


 素の力だけで走っていると、後ろからバリバリと不吉な音が聞こえた。


 足を動かしながら振り返る。


 目がつぶれそうなほど、鹿の魔物が発光していた。


「やばい、やばい、やばい!」


 自爆する魔物なんて、初代『悪徳貴族の生存戦略』には出てこなかったぞ!


 続編に登場してきたやつらは、理不尽な展開に磨きがかかっていやがる!


 感じる魔力量からして、大規模な攻撃が発動するだろう。


 走って逃げられるとは思えない。


 近くにあった建物へ入ることにした。


 目の前にはロビーがあって、二階に上がる階段がある。


 爆発するとしたら上は危険だ。


 地下に行きたい。


 別の階段を探すために建物の奥に進む。


 建物が揺れた。


 小規模な爆発でも起こったのか?


 この程度で終わるとは思えないので、まだ続くだろう。


 俺が入った建物は、図書館か何かだったようで、風化しかけた本がいくつもある。


 空中都市の謎を解明する情報はありそうだが、無事な本を探している暇なんてない。


 地下にいけそうな階段をさがす。


 しかし、何も見つからなかった。


「今度はデカいな」


 また爆発があった。


 建物全体にヒビが入る。


 恐らく次の爆発には耐えられない。


 早く隠れる場所を探さなければ。


 しかし、部屋を探しても階段は見つからない。


 実は地下室に禁書を保管している、みたいな展開はないのかよッ!


 焦りによって苛立ちが高まって、床を強く踏みつける。


 ピシリと音がなったので足元を見た。


「やばッ」


 老朽化と爆発によって脆くなっていたようで、床全体が崩れてしまった。


 足元に何もない。


 重力に従って落ちていく。


 高さはそれほどでもなかったようで、すぐに着地。


 上を見ると、建物が崩壊したのか、大量の瓦礫が落ちてきた。


 このままでは押しつぶされてしまう!


 逃げ場所を探すべく周辺を見ると、薄らと壁が光る廊下が見えた。


 迷っている暇はないので全力で走る。


 目の前に落下した瓦礫を飛び越え、左右に飛んで落下物を避けながら進む。


 もうすぐで通路に入るというところで、地下からでも聞こえるほどの爆発音と共に地面が大きく揺れた。


 バランスを崩してしまい、立ち止まってしまう。


 すぐに走り始めたが、落下してくる瓦礫を完全には回避できず、肩や背中に小さなものが当たってしまった。


 威力はかなりあったようで骨は砕けている。


 痛みに耐えながらも、絶対に生き残るという気力だけで足を動かし続け、なんとか通路にたどり着く。


「ハァハァハァ……」


 天井があり瓦礫は落ちてこないので、仰向けに倒れて呼吸を整える。


 目だけを動かして俺が落ちた場所を見ると、瓦礫によって全てが埋まっていた。


 元の場所には戻れない。


 通路の奥は続いているようなので、進むとしたらそっちの方か。


 強い痛みは残っていて痛みによって意識を失いそうだが、休んではいられない。


 壁に手を付けながら立ち上がる。


「いたた……」


 声を出してみたが痛みは弱くならない。


 当然か。


 体重を壁に預けながら少しつづ歩くことにした。


 俺が生き埋めになりそうになったのも、酷いケガを負ったのも、全てはセラビミアが原因だ。


 制御センターに戻ったはずのアイツと再会できたのであれば、絶対、酷い目に合わせてやる。


 薬物を使ってでも知っている情報を吸い上げ、その後は手足の腱を切って動けなくさせてから、慰み者として使ってやる……って、クソッ!


 弱っているせいか、思考がゲームのジャックに浸食されているように感じる。


 欲望の赴くままに振る舞いたいという気持ちが高まり、自制できずにいる。


 ヴァンパイア・ソードからは何も感じないのは、外部からの強制的な変化ではないからか。

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