第234話 俺は鹿なんかには負けないッ!

「私は結果が出るのを待ってるから。あとは頑張ってねー」


 賭けにのると言ってないのに、セラビミアは手をヒラヒラと振って去ってしまった。


 鹿の魔物は俺をターゲットにしているので、追うことはできない。


 隙を見せたら襲われてしまうだろうからな。


「ーーーーー!」


 鹿の魔物は、耳を貫くような甲高い鳴き声を出した。


 頭がクラクラするほど強く、一種の魔法攻撃のようにも感じる。


 気がつくと、また二本の角に光が集まっていた。


 集中力が乱されているから魔法は使えない。


 急いで走ると建物の中に避難する。


 直後、背後から空気を振動させる轟音が聞こえた。


 周囲の建物や道を焦がし、破壊していく。


 充分な溜めの時間があったからか、先ほどよりも威力が高い。


 かすっただけでも致命傷は避けられないだろう。


 秘薬の効果が切れる前に何とかしなければ。


「おお!? 地震か?」


 急に建物が揺れたので倒れそうになった。


 壁に手を付けて窓から外を見る。


 鹿の魔物が、俺のいる建物に頭を何度も叩きつけていた。


「草食動物のクセに殺意高すぎじゃないか……」


 逃げたんだから見逃してくれよ。


 鹿の魔物がいる正面から出るわけにはいかないので、揺れる建物の中を移動する。


 奥にまでたどり着くと、裏口が見つかった。


 ここから出れば鹿の魔物に見つからず、セラビミアを追えるかもしれない。


 ドアノブを回して開く。


 目の前に鹿の魔物がいた。


「…………どうしてわかった?」


 動きを読まれて先回りされてしまったようだ。


 目で見なくても存在を感じられるとは。


 魔物がチートを持ってどうするんだよ!!


 急いでドアを閉めると、再び建物から振動を感じ、周辺の壁にヒビが入った。


 これ以上は耐えられないだろう。


 急いで走り、正面の入り口から外に出ると、俺の入っていた建物が倒壊した。


 瓦礫の上に、鹿の魔物が立つ。


 二本のねじれた角が光っていた。


 叫び声も上げていて、また頭がフラつく。


 魔法が使えるほどの集中力は維持できない。


「俺は鹿なんかには負けないッ!」


 魔力を貯蔵する三つの器官を全て解放して、全力で身体能力そして視力を強化した。


 足を開いて下半身にぐぐっと力を溜めて、雷が発動したと同時に飛び出す。


 視界が真っ白になりそうなぐらい明るい中、近づく青白い線を避けて進む。


 普通だったら落雷を避けるなんて不可能ではあるが、魔力を惜しまずに強化し、秘薬で底上げされた今の俺なら可能だ。


 セラビミア用に魔力は残しておきたかったんだが、鹿の魔物に殺されたら意味がないので、出し惜しみはできない。


 全神経を集中させ、雷の動きを予測して左右に移動しながら走り続ける。


 雷は光の速さで動いているため、すべての動きを読むなんて不可能だ。


 完全に回避なんてできず、いくつかは体に当たってしまった。


「ぐッ」


 全身が焼けるように痛く、筋肉が痙攣しているのを感じる。


 それでも、全力を超えた強化を施している体であれば耐えられた。


 勢いは落ちているが前に進み、なんとか鹿の魔物の足元にたどり着く。


「うぉぉおおおお!!」


 全力で剣を横に振るう。


 鹿の魔物の足を薄く斬り裂き、同時に吸血機能を発動させる。


 吸い取れたのは僅かだったが、雷によって傷ついた体は回復した。


 とはいっても、喜んでいる暇はない。


 頭上から、ねじれた角が迫ってきたのだ。


 避ける時間はないので、ヴァンパイアソードの刀身で受け止める。


 接触した瞬間に想像を絶する重量を感じた。


 骨にひびが入ったような痛みを感じつつ、刀身を斜めに傾けて、ねじれた角を流す。


 鹿の魔物の力もすごいが、なによりも重量がやばかった。


 中がみっしりとつまっているようで、鉄よりも重いんじゃないだろうか。


 厄介な魔物だな。


 レックスの時に使われていたら、負けていたかもしれん。


 いい感じに鹿の頭が下がったままなので、角の根本にヴァンパイアソードを叩きつけた。


 固い手ごたえを感じたが、ヒビは入ったぞ。


 もう一度叩いて完全に破壊すれば!


 と思っていたら、鹿の魔物が首を横に振った。


 ねじれた角が俺の体に当たり、吹き飛んでしまう。


 防具のおかげで衝撃は分散され、骨折はしなかったようだが、酷く強い痛みを感じて顔がゆがむ。


 立ち上がると、鹿の魔物は頭を下げたまま角を俺の方に向けていた。


「やばッ!!」


 何をしてくるかなんてすぐにわかり、思わず声が漏れる。


「グルルルッ」


 まるで狼のような声を出しながら突進してきた。


 横に飛んだが、痛みによって反応が鈍く、腹を貫かれてしまった。


 鹿の魔物が頭を持ち上げようとした。


 このままだと空中に飛ばされてしまう!


 ヴァンパイア・ソードを持つ手に力を入れ、角に叩きつける。


 ちょうどヒビが入った場所にあたり、砕けた。


 驚いた顔をして、鹿の魔物は一瞬だけ動きが止まった。


 腹に突き刺さった角を抜き取る前に、ヴァンパイア・ソードで目を突き刺す。


 さらに顔へ抱き付いた。


 首を振って剣を抜き取ろうとするが、絶対に離すものか!


 刀身に彫られた溝が脈動して血を吸い上げると、傷が塞がっていき、腹に刺さった角は自然と抜ける。


 これで俺の方が有利になったぞ。





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