第220話 ジラール男爵の好きにして
市街地に不釣り合いな要塞のドアは開いたままだ。
堂々と正面から入っていく。
壁の内側は、馬のいない帆馬車がいくつか停まっていて、ロータリーになっているようだ。
昔は多くの人が訪れていたであろう。
「文明レベルは高いと思っていたけど、車はないんだな」
「空中都市は広くないからね。馬車で不便してなかったんだよ」
もっと便利にという思いで文明は発展してきた側面がある。
逆に今のままで充分だと思っていたら、案外発展しないものだ。
予算や時間に限りはあるし、空中都市に住んでいた人たちは建物や空調、陽差しから守る結界とか、そんなところに力を入れたんだろうな。
じゃなければ、雲の上に位置する場所が快適であるはずがない。
「なるほどな。よく考えられている」
「でしょー」
本当に嬉しそうな声で返事をしたセラビミアは、要塞の中へ入ったので、俺も続いた。
天井にある照明はついていて室内は明るい。
入り口付近は待合室になっているようで、ソファが規則正しく並んでいる。
奥にはカウンターがあるので一般的な受付は、ここでやっていたのだろう。
左右の壁には羊皮紙がいくつか貼り付けられているが、風化しかかっているので内容はわからない。
文字ではなく似顔絵っぽいので、指名手配犯を掲載していたのかもしれない。
逃げ道なんてない場所なのに犯罪をするヤツはいるんだな。
「牢獄は地下、衛兵隊の装備は二階にあるけど、どっちに行きたい?」
「二階だ」
「はいはい。ご案内しますね」
廊下を歩いて突き当たりに階段があった。
一緒にのぼって二階に着く。
小さな窓があったので外を見ると、市街地が見渡せるようだ。
建物は残っているのに人がいない不気味な空間だな。
住民がいなくなった理由についてセラビミアは語ろうとしないので、謎のままである。
通路を歩いて行く。
三つ目のドアのところでセラビミアが立ち止まった。
振り返ると俺を見る。
「ここが衛兵隊の装備が置いてある部屋だよ。中に入るよね?」
「もちろんだ」
「じゃ、私は外で待っているから」
「一緒に来ないのか?」
俺から離れている間に何をするつもりだ。
裏があるんじゃないかって疑っている。
「私がいたら心置きなく物色できないでしょ。ここで休んでるから、好きなだけ見てなよ」
気づかっているような発言だが、信じられるものではない。
ドアを開けて一歩中に入るとセラビミアを見る。
「一緒にはいるぞ」
驚いた顔をしていたが、すぐに小さく頷いて彼女が近づいてきたので、道を譲って俺の前へ行かせることにした。
部屋には天井に届くほど背の高い棚が、壁に並べられている。
俺たちが普段使っているような剣や槍といった武器はない。
三十センチほどの黒い棒や手錠、そして首輪などが無造作に置かれている。
「人が住んでいた頃はね。武器の携帯は許されてなかったから、衛兵隊のみんなは非殺傷武器を使っていたんだよね」
懐かしむような声に違和感を覚えた。
手にもつ首輪を優しく撫でていて、雰囲気が違う。
「まるで見てきたような発言だな」
「そうかもね」
こちらを見たセラビミアは、手に持っている首輪を優しく投げた。
空中でキャッチしてから、詳しく見てみる。
ゲーム内で登場した魔力の動きを阻害する首輪そのもの。
ガラスのような丸い透明な水晶が付いていて、発動すると青くなる仕組みだ。
「私に使う?」
大切なものを奪うというようなヤツに、慈悲の心なんて不要だ。
答えは決まっている。
「もちろんだ」
敵対すると宣言したのだから抵抗するかと思ったのだが、セラビミアは予想外の行動をした。
なんと手を軽く上げて何もしないというポーズをしてから、俺の前に立ったのだ。
「いいよ。ジラール男爵の好きにして」
「なぜだ?」
ゲームの制作者としてレックスを殺し、理想の世界にするという目的があるのに。
首輪を付けたら達成なんてできないだろう。
魔法や身体能力強化が使えなくなるので、この世界で生きていくのですら大変になる。
「私を止められるとしたらジラール男爵だけだから、かな? 正直、自分でもよくわかってないんだよね」
セラビミアは俺の手を触ると、自らの首に近づけた。
あとは俺が巻き付ければ魔道具の効果を発揮するだろう。
「完璧な世界を作りたい。この気持ちと同じぐらい、ジラール男爵に見続けて欲しいんだ」
だから俺に選ばせるとでも言いたいのか。
ブレブレで矛盾していて、そして卑怯な女だ。
「世界で初めて勇者を奴隷にした人になってみる?」
「奴隷にするつもりはないが、行動は制限させてもらおう」
お前が望んだとおり、俺が選んでやったぞ。
魔力制御の首輪をセラビミアに巻き付けて、俺の魔力を流し起動させる。
ガラスのような丸い水晶が青色に変わった。
正常に機能している証拠で、魔力を使おうとしたら赤く変わるらしい。
首輪を取り外せるのは俺だけだ。
「これで私はジラール男爵のものになったね」
「何を言ってるんだよ。お前を側に置くはずないだろ。領地に戻って好きに生きてくれ」
「傷物にした責任は取ってくれないの?」
「手を出してないのに責任なんて取る必要はない」
「ふーん。そっか」
一瞬だけ目が怪しく光ったような気もしたが、見間違いだろう。
何か企んでいたとしても、セラビミアには抵抗する手段なんて残ってないのだから、脅威にはならない。
もう、そこまで警戒しなくてもいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます