第219話 あれは、なんだ?

 エスカレーターの終着地に着くと、大きい広場があった。


 少し先には、数人が横になって通れるほどの短いトンネルがある。


 奥からは建物が並んでいる風景が見えた。


「これが空中都市か」


 建物の様式は近代に近く、石で造られたビルっぽいものもある。


 ありがちな設定ではあるのだが、古代は高度な文明を築いていたようだ。


「ここは検査所で、昔は兵士がいっぱいいたんだよ」


 おでこを赤くしたセラビミアが、手を広げて自慢げに解説した。


 残念ではあるが生きてたんだな。


 返事をせずに見ていると、彼女はトンネルの方に近づく。


「観光スポットはいっぱいあるけど、何を見たい?」


 デートに誘う気軽さで聞いてきた。


 どうせ俺が何を狙っているかなんて想像は付いているだろうし、変に取り繕うよりかはストレートに要望を伝えるか。


 今までの言動からして、セラビミアは拒否しないだろう。


 素直に従うという自信があった。


「ゲーム内に登場した、魔力を制御する首輪が欲しい。警察署みたいな場所にあるか?」


「ジラール男爵は我慢できないタイプなんだね。いいよ、置いてあるところを案内してあげる」


 意味深なことを言ってから、俺の腕を触ろうとしてきたので避ける。


 口をとがらせて抗議してくるが、無視する。


 かまってちゃんには放置が一番きくからな。


「早く場所を教えてくれ」


「せっかちだなぁ」


 そういう所もいいけど、なんて言葉が聞こえてきそうだった。


 大人しくセラビミアが歩き出したので後に続く。


 短いトンネルを抜けて市街地に入った。


 車道と歩道に分かれていて、左右に背の高い建物がずらりと並んでいる。


 街路樹もあるから、近代の日本に近い景観である。


「あれは、なんだ?」


 人の代わりに身長50cmほどの、毛むくじゃらの生き物がいて、道に落ちている葉を掃除していた。


 ゲームには登場しなかった種族だ。


 俺を見ても襲ってこないし、魔物ではないだろう。


「人の代わりに都市を清掃、維持してくれる便利生物のペギィだよ」


 だから人がいなくなっても、建物は綺麗で壊れてなかったんだな。


 補修や建設みたいなこともやってくれるんだろう。


 もうここは、人ではなくペギィが住む都市と言える。


「ここに人が住んだら迷惑になりそうだな」


「彼らの知能は低いし人なつっこいから、虐殺しなきゃ気にしないんじゃないか?」


 俺が認めた人だけなら大丈夫だろうが、適当に連れてきたら殺し回るヤツは出てくるだろう。


 見世物として捕まえるなんてこともありそうだし、空中都市に住むとしても人選はしないとな。


「気軽に言うが、現実性のない話だな。生物を慈しむ人もいるが、虐殺をしてしまう人もいる、そういうものだろ?」


「さすが私が見込んだジラール男爵。人というのを、よく分かってるね」


 俺は他人を信じられないからこそ、誰にでも悪意はあると信じている。


 その考えがお気に召したようだ。


「だから、しばらくは誰も入植はさせない。俺と一部の仲間だけが知っている秘密基地として使おう」


 とは言ったが、実はジラール領を空中都市に移せないか考えている。


 貴族のしがらみを断って、自由に、そして贅沢な生活をするのに、この場所は最適なのだ。


 人類は飛空艇のような乗り物は開発できてないし、俺が生きている間は外敵なんて気にせず、遊びほうけられるはずだ。


 この世界に転生してから苦労は続いたが、ようやく報われるターンに入ったみたいだな。


「それが出来るといいね」


 また含みのある言い方をしやがって。


「できるできないじゃない、やるんだよ」


「うん。そうだね。期待しているよ」


 何か言いたそうだったが、歩き出してしまったので、黙ることにした。


 十階建てのビルに囲まれた道を歩き、空中都市の奥へ進む。


 大きい道を渡ると景色が一変して、一軒家が建ち並ぶエリアに入った。


 最初に訪れた場所はビジネス街だとしたら、ここは居住エリアだろう。


 飲食店だったような店もいくつかあって、生活はしやすそうだ。


 恐らくどこかに畑や家畜を育てる場所もあって、自給自足できるようになっているんじゃないかな。


「ここは裕福層が住むエリアになっていて、治安を高めるために日本でいう警察署みたいな建物があるんだよ」


 セラビミアが指指した場所には、三階建ての建物があった。


 窓はほとんどなく、あったとしても鉄格子が取り付けられている。


 五メートルほどはある壁に囲まれていて、トゲの付いた鉄線が巻き付かれていた。


 要塞。


 市街地にある建物には不釣り合いな言葉ではあるが、そう表現するのがぴったりだ。


「実は空中都市の治安って、良くなかったんだよね。格差社会が進んで権力者は腐敗しちゃってね。特に金持ちは、常に狙われていたんだ」


「だから、あんな建物を市街エリアのど真ん中に作ったのか」


「そういうこと。凶悪犯を捕まえる道具もいっぱい残っているはずだから、見に行こうか」


 やはり俺の狙いなんてセラビミアは気にしていない。


 案内を止めないのは、完璧な世界を作るのに必要な行動だからか。


 それとも、俺の歓心を得たいからか。


 女心に疎い俺には全く分からなかった。

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