第181話 セラビミアを出すんだッ!!

 三日後、明るくなるとセラビミアは屋敷を出て行った。


 旅の便利グッズを売っている雑貨屋や屋台で買い物をしながら、ジラール領を出て他国に行くと話してもらう予定だ。


 セラビミアに頼んで用意してもらった置き手紙と目撃証言が複数あるなら、俺の言葉の信憑性は増すだろう。


 元勇者が他国に逃げるなんてリーム公爵は信じないだろうが、領内を探しても見つからないのであれば、嫌でも信じるしかなくなる。


 国境を越えられたら追えなくなるので方針を転換するはずだ。


 戦略兵器ともなり得る人材の流出なんて、絶対に許してはいけないからな。


 しかも原因がリーム公爵の婚約なのだから大きな失点になるし、俺になんて構っている余裕はなく必死に探すだろう。


 そして最後は見つからず……行方不明として処理されるか、もしくは保身のためにセラビミアは死亡したと事実をねじ曲げて報告するか、だな。


 どちらにしろ俺の破滅フラグは回避できるという計算だ。



「リーム公爵がいらっしゃいました。今はケヴィンが対応しております」


 アラクネの集落に向かうグイントたちを見送ってから数時間後、執務室に入ってきたルミエが報告した。


「どんな様子だった?」


「早くジャック様を呼べと怒鳴っておりましたので、ご立腹のようです」


 手を額に当てて上を見る。


 予想していた事態ではあるが、やはり俺がセラビミアを奪い取ったと思っているようだ。


 貴族らしい贅沢な暮らしを望んでいただけなのに、なんで公爵家と対決しなきゃいけないんだよ。


「裏手に馬を用意しています。逃げることもできますよ? 護衛にルートヴィヒも付けますので、道中も安全かと」


 仮に俺が逃げたら屋敷に勤めているルミエやケヴィンが責任を負わされるというのに、当然だと言わんばかりに準備しやがって。


 こういう優しさがあるからルミエは手放せないんだよな。


 ずっと側に置いて置きたい……って、その思考はダメだな。


 執着しすぎている。


 ゲームのシナリオを思い出せ。


 ルミエだって裏切る可能性は残っているのだから、油断してはいけない。


 例えば公爵家と戦うことになりルートヴィヒが戦死すれば、きっと俺の元を去るだろう。


 危機が訪れているときほど、他人に頼り切ってはいけない。


 自分の頭で考え、判断することに意味ある。


「逃げるなんてするはずないだろ。俺はやるべきことをやるだけだ」


「さすがジャック様です」


 にっこりと優しく微笑んだルミエに目を奪われる。


 息が止まり、体が動かせないほどだ。


 これほどの感動を覚えるなんて異常事態である。


 もしかしたら、俺が体を乗っ取る前のジャックが求めていた光景だったかもしれないな。


「着替えてから応接室に行く。先に紅茶でも出しておいてくれ」


「かしこまりました」


 頭を下げてからルミエが出て行ったので、上位貴族と対談するため、上質な服に着替える。


 ぱりっとした白いシャツの上に黒のジャケットを羽織り、俺の紋章が着いたバッジを左胸に付ける。


 紋章は個人を特定することにつかうため、この世界では貴族の正式な服装にも付けるらしい。


 顔を忘れても紋章があれば名前を思い出せるので便利らしいが、俺はどっちも覚えるのが苦手だ。


 シワのないパンツをはいてベルトを締めると、ヴァンパイア・ソードを腰にぶら下げた。


「これを見たらキレそうだが、呪われているんだから仕方がない」


 手から離れるようになったが、俺の側から離れない呪いがかかっている。


 言い訳でもして許してもらうしかないだろう。


 最期に白い手袋を付けて、右手の甲に浮かんでいる模様を隠すと部屋を出た。


 廊下を歩いて応接室に近づく。


「さっさと、セラビミアを出すんだッ!!」


 怒鳴り声が聞こえた。


 廊下からも聞こえるだなんて、リーム公爵の怒りは相当なものなんだろう。


 屋敷の主人である俺よりデカい態度をしてムカつきながらドアを開けた。


「お待たせいたしました」


 部屋に入るとソファに太った男が座っていて、後ろには武器を携帯した騎士らしき男が五人立っている。


 武器の回収は拒否されたか。


 ワガママな態度にイラッとしたが、俺が帯剣していても文句は言われないだろうと思い直す。


『悪徳貴族の生存戦略』にもリーム公爵の騎士は登場したが、女遊ばかりして訓練をしていなかったため、非常に弱いという設定になっていた。


 見た目、魔力量からして、現実になったこの世界でも同様だろう。


 視線をローテーブルの方に移す。


 テーブルにはカップが置いてあり紅茶が入っているので、ルミエかイナが淹れたようだ。


 ケヴィンはリーム公爵の前で頭を下げたまま立っていた。


「遅いッ! 私が来る前に待っておくべきだろッ!」


 腹についた脂肪を揺らしながら、リーム公爵が立ち上がった。


 これは……セラビミアが逃げ出したくなる気持ちも分かる。


 太っているだけならまだ許容範囲だろうが、歳が離れすぎているのだ。


 初老といっても良いんじゃないか?


 その歳になっても若い女を求めるなんて、気持ち悪さがすべてを上回る。


「申し訳ございません」


「謝罪はどうてもいい! さっさとセラビミアを連れてくるんだ!」


 相手は爵位が上なので謝ってみたら、つばを飛ばしながら怒鳴りやがった。


 常に求めているのは女。


 股間部分が盛り上がっているし、種付けおじさんと設定されていただけはあるな。


 公爵家という立場があっても一皮むけば、仕事案内所にいたヤツらと変わらん。


 丁寧に接するのが馬鹿らしくなるな。


「数日前に我が屋敷から逃げ出しましたよ」


「嘘をつくな! 隠したのであれば家ごと滅ぼすぞ!」


 うるさいのでさっさと黙らせるか。


 ずっと手に持っていた羊皮紙をリーム公爵の前に出す。


「この置き手紙を見てください。恐らくセラビミア様のものかと」


「見せろっ!」


 俺から奪い取ってリーム公爵が文字を読む。


 手が震えて怒りがさらに上がったようだ。


「逃げた……だと! しかも他国に? 絶対に許せんッ!!」

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