第180話 旦那様が好きな女性のタイプについてです

 仕事案内所で見つけた男を連れて屋敷に戻ると、イナとルミエに身なりを整えるように命令を出した。


 これで俺がする準備は終わりだ。


 後の調査はグイントに任せれば良いだろう。


 セラビミアが大人しくしているか確認するため、廊下を歩く。


 途中でレーアトルテが出した糸に絡められてしまったケヴィンが助けを求めていたが、笑顔で答えてやった。


 俺の客人という扱いなので無碍にはできず、あのままの状況が続くだろう。


 ざまーみろ。


 と心の中でつぶやいたのが悪かったのか、床に落ちていた糸に引っかかってしまい転倒しかけてしまった。


 アデーレが支えてくれなかったなら危なかったぞ。


「糸を回収させて俺の部屋に持ってこさせるか」


 アラクネの糸は丈夫だし、粘着性を持たせることもできる。


 持っていれば何かに使えるはずなので、用事が終わったらルミエに頼んでおこう。


「ジャック様、あのままでよろしいんですか? かなり目立ってますけど……」


 俺の体を触りながらアデーレがケヴィンを見ながら声をかけてきた。


 指摘は正しいが、もう既に遅い。


 屋敷にいるヤツらには見られているんだし、目立っていることは気にしていけないのだ。


 特別扱いしてないことが、偶然であった旅するアラクネという説明の裏付けになる可能性もあるし、放置で良いだろう。


「かまわん。気にしたら負けだ」


「わかりました」


 俺の回答に不満は持っていなさそうだったので、軟禁用の部屋へ向かうことにする。


 子供の頃、悪さをしたら閉じ込められていた場所で、窓はなく中からでは鍵が解錠できない仕組みになっていて、セラビミアを閉じ込めるには最適な場所だ。


 俺が生まれる前だと、親父が気にいったメイドを監禁して調教していたという噂も聞いたことがあるので、当主になってからは一度も入ったことはなかった。


 階段を降りて石造りの無機質な通路を進む。


 突き当たりに到着すると、鉄で作られた頑丈そうなドアがあった。


 ドアノブに付けられた鍵を解錠して、中に入る。


「なんだ。元気そうだな」


 セラビミアとユリアンヌがテーブルを挟んで、紅茶と焼き菓子を楽しんでいた。


 密室に閉じ込められていたのだが気分は害してないようで、いつも通り余裕のある態度を崩していない。


「静かだし、食べ物には不自由しない。しかも、美女がいるんだから文句なんてないよ」


 女好きは変わらないな……。


 美女と言われて、頬に手を当てながら照れているユリアンヌを見る。


「変わりはないか?」


「え、あ、はい! おしゃべりしていただけで、変なことは何もありませんでした」


「何を話ていたんだ?」


 会話で思考を誘導することもできるから油断はできない。


 目を見て些細な変化を見逃さないようにする。


「旦那様が好きな女性のタイプです。包容力に弱いって本当ですか!?」


 なんてことを喋ってるんだよッッ!!


 俺が置かれている状況を分かっているのか?


 ヴァルツァ王国で唯一の公爵家に狙われているんだよ!


 一歩間違えれば破滅するんだぞ。


 むろん、婚約者であるユリアンヌだって無事でいるなんてあり得ない。


 下手すれば打ち首コースだ。


 抗議の視線を全ての元凶であるセラビミアに送る。


「だって年上が好きでしょ?」


 ルミエに惚れていたジャックは、年上好きといえる。


 だが俺は違うぞ。


 年下だっていけるんだよ。


「年齢で判断することはない。重要なのは性格だろ……って、そんな話をしにきたんじゃない!!」


 きゃー、性格だって! なんて騒いでいるユリアンヌを放置して、セラビミアの前に立つ。


 恋に恋する乙女を相手する時間なんてないからな。


「三日後、ここから出て行ってもらう」


「アラクネへの手土産は用意できたんだ」


 手土産とは男のことだろう。


 ゲームの制作者であれば、アラクネが男を求めているぐらいは知っていても不思議ではないので、驚きはなかった。


「もちろんだ。リーム公爵には押しかけてきたセラビミアを叩き出したと説明する。三日後の朝になったら、歩いて町の外に出てくれ。グイントが外で待っているだろうから、馬車に乗ってアラクネの集落に行ってもらうぞ」


 領地にセラビミアがいないと信憑性を持たせるために、目撃者が必要だ。


 だから夜ではなく人が動き出している朝を選んだのである。


「良いよ。協力してあげる」


「協力って……お前がまいた火種だぞ!」


「怒るんだったら屋敷に居座るよ? 私はジラール男爵が困る姿を見るのも好きだから」


「そうしたら、お前を拘束してリーム公爵に差し出す。婚約者を奪い取ったという噂は、金と時間をかけて解くことにするさ」


「……それは勘弁して」


 思わぬ反撃をくらって、悔しそうな顔をしたセラビミアが見られたので満足した。


 セラビミアが言うことを聞かないのであれば、自滅覚悟の選択をするという覚悟が伝わってくれて良かったよ。


「だったら、俺の計画通りに動け」


「はーい。私は大人しく町を出て、グイント君の馬車に乗ってアラクネの集落に行きまーす」


 軽いノリは気にいらないが、文句を言うほどではなかった。


◇ ◇ ◇


 部屋を出て執務室に戻るとリーム公爵から、ジラール領に訪問するとの手紙が届いていた。


 四日後にくると書いてあった文字が震えていたので、怒りの感情が俺にも伝わってくる。


 女なんて好きなだけ選べるという立場なのに、執着心が強いことだ。


 早くセラビミアは旅に出たと伝えて矛先を変えてもらわなければ。


 俺の領地にいないと分かれば、大人しく帰ってくれる……ことはないだろうが、破滅はしないだろう。


 あとは念のためヨンに屋敷の警備を強化しろと伝えておこう。


 万が一の時に逃げる時間を稼いでもらいたいからな。

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