第176話 えー。私、野宿は嫌だよ?

「ケヴィン、馬車を用意しろ。セラビミアと一緒にリーム公爵へ謝罪すれば、まだ間に合うかもしれん」


 いつも通り命令に従うと思っていたケヴィンが、ドアの前から一歩も動こうとしない。


 冷たい目で俺を見ており、背筋に冷たい物が走った。


 これはゲームのスチル画像で何度も見たことがある、裏切る直前の顔だ。


 視察に出るまでは裏切る気配なんて無かったんだが、いったい俺は何の選択を間違えた?


 屋敷に戻ってきてからはセラビミアと話しただけで……いや違う。


 そいうことか。


 俺は色々と勘違いしていたようだ。


 何かしたからではない。


 何もしなかったから、裏切りフラグが立ちやがったんだな。


「セラビミア、ケヴィンと何を話した?」


「なーんにも。だよね。ケヴィン君?」


「はい。通常の業務以上の会話はしておりません」


 白々しい嘘をつきやがって。


 絶対に俺の知らないところで何かがあった。


 やはり屋敷で一番信用、そして油断できない人物はケヴィンで間違いない。


「だったら何故、俺の命令を聞かない?」


「セラビミア様の話が終わっておりませんので。最後まで聞いてからでも遅くないのでは?」


 一分一秒を争うわけではないので、ケヴィンの言葉が間違っているとは言い切れないが、絶対に裏があるだろ。


 ケヴィンを押しのけて部屋を出て行くこともできるが、過去に何度もゲームで死んだ経験が止めろと叫ぶ。


 命懸けの戦いを何度も乗り越えてきたんだし、破滅への道になんて進みたくない。


 不在の間に、セラビミアが俺の屋敷に来てしまった時点で詰みの状態だったんだ。


「分かった。話を聞いてやろう」


 ソファの背もたれ寄りかかり、足を組んで話を待つ。


「私とジラール男爵の仲は他の貴族にも流れるようにしている。謝ったぐらいじゃ、絶対に許してくれないよ」


 ニヤニヤと笑いながら、死の宣告をしやがった。


 プライドの高い貴族の中でも公爵家は飛びぬけて高い。


 田舎男爵ごときに女を取られたと知れ渡れば、謝罪してセラビミアを渡しても許してはくれないだろう。


 内乱をするわけにはいかないので、公爵家の兵を直接よこすようなことはしてこないだろうが、傭兵や暗殺者を派遣して徹底的に叩きのめしてくるはずだ。


「この話を無かったことにはできないか?」


「うーん。私が死ねば、リーム公爵も諦めるんじゃない? 婚約を嫌がって死んでしまった悲運の女性だなんて噂が出回れば、ジラール男爵を攻撃するのも難しくなると思うよ」


 セラビミアを殺す?


 ジラール領の全戦力をもってしても不可能だ!


「俺がセラビミアを殺せるはずがないだろ」


「そう言ってもらえると、なんだか嬉しくなるねっ!」


 人として殺したくないと言ったわけではないのだが。


 だが、セラビミアの提案は一部使える。


 要はリーム公爵が我が領地に来たとき、セラビミアがいなければいいのだ。


 むろん、他の領地に逃げましたなんて言い訳では、破滅フラグは回避できない。


 死と同等とまではいかないが、貴族達が納得する理由を作り上げなければ。


「セラビミア、俺と結婚したいと言って逃げてきたんだよな?」


「うん。だいたいそんな感じだね」


「だったら、それは嘘だったことにする。自由を求めて旅だったことにしよう」


 結局の所、田舎男爵に女が取られたというのが問題なのだ。


 セラビミアは恋愛感情ではなく、自由になるための言い訳として利用したことにすれば、俺とリーム公爵は被害者という立場になれる。


「えーー。嘘ってどうやって証明するの?」


「直筆の手紙だな。領主になったとき、印璽を作っただろ。あれを手紙と封筒の両方に使え。あと、サインもあれば本人の証明としては充分だろう」


 個人ごとに形の違う紋章を彫った判子が印璽だ。


 この世界においては、マイナンバーのように個人証明につかえる。


 さらにサインまであれば筆跡鑑定によって、セラビミアが書いたと誰もが判断するだろう。


「へぇ、そうやって逃げるんだ。ずる賢いね」


「お前には負けるよ」


 笑いながらケヴィンの方をチラッと見る。


 何を考えているのか読めない表情をしていた。


 こいつはジラール家の国を作りたいという野望があるので、裏切りフラグは健在だと考えるべきだな。


「でもさー。公爵家の力を使って領内を調べられたら、私がいるってバレちゃうんじゃない?」


「だから領内でも未開の場所に逃げてもらう」


「えー。私、野宿は嫌だよ?」


「安心しろ、アラクネの集落に匿ってもらう予定だ」


「あそこ見つけたんだ」


 アラクネという単語を聞いて、セラビミアは驚きの表情を浮かべていた。


 現時点で、俺が発見できるとは思っていなかったのだろう。


「領内をじっくりと視察した成果だ」


 何もせずにぼけっと政務だけやっていたら、セラビミアに巻き込まれて破滅していた。


 初めて、積極的に動いて良かったと思ったよ。


 男だけを求める種族に別の価値が出てきたからな。


「アラクネとの交易は極秘裏に進める予定だったから、兵どもには口止めをしている。一人だけ俺の屋敷に来たアラクネはいるが、各地を回っている旅人の設定で通す予定だ」


 まさかアラクネの集落があるだなんて、リーム公爵は思わないだろう。


 お礼にケヴィンと一晩過ごす権利をやれば、納得してくれるはず。


 どうせ裏切りフラグが立っているんだから、この程度の理不尽な動きは受け入れてもらおう。







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【あとがき】

Amazonのレビューが低く、続刊どうなるんだろう? と、心配しています。


もしAmazonで書籍を購入し、本作を楽しいなと感じていただけたのであれば、レビューもご協力してもらえると大変励みになります。

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