第175話 俺を巻き込みやがったなッ!!

 ドアを勢いよく開けてから応接室の中に入る。


 セラビミアはソファに座っており、後ろにはケヴィンが立っていた。


 普段ならメイドに任せるはずなのに何故ヤツが?


 勇者という尊い立場の人間が訪れたから、自ら接客すると決めたのだろうか。


「待たせたな」


「いえいえ、もっと待ってても良かったんだよ?」


 ルミエに聞いたのだが、なんと十日以上前から俺の屋敷に滞在していたらしい。


 長い間、待たされたというのに機嫌は良いのが不気味だ。


 嫌みの一つでも言ってくれた方が、こっちとしては安心するんだが。


「勇者をこれ以上待たせたら、変な噂が広がってしまう」


「それもそうだね」


 機嫌が良さそうにニコニコと笑っているセラビミアを見ながら、正面に位置するソファへ座る。


 話をする前に、メイド見習いのイナがアデーレとユリアンヌを連れて入室してきた。


「セラビミア様、旦那様、お待たせいたしました」


 教育が行き届いているのか、ドレスに着替えたユリアンヌはスカートの端をちょんとつまんで、優雅に挨拶をした。


 森で槍をブンブンと振り回す姿を見ていたので、ギャップが大きい。


 意外な一面を見たような気がしたぞ。


「彼女は俺の婚約者であるユリアンヌだ」


 独自調査で婚約者の存在ぐらいは知っているだろうし、ちゃんと紹介することにした。


 隠すべきことは、俺の予想を上回るほどの戦闘能力だからな。


 アデーレのことは知っているから特に言及はしない。


「初めまして、セラビミア様。私のことはユリアンヌとお呼びください」


「ご丁寧にありがとう。良い子を見つけたね。気にいったよ。私のことはセラビミアと気軽に読んで良いから」


 顔が好みだから褒めた、といった感じか?


 俺と同等かそれ以上に戦えるとは思っていないだろう。


「ありがとうございます」


 礼を言い終わると、ユリアンヌは俺の隣に座った。


 メイド服を着たアデーレは、ドア付近にいるルミエやイナと一緒に立ったままである。


 護衛として同席しているので、太ももには大ぶりのナイフが仕込まれていることだろう。


 応接室には7名もいる。


 部屋の大きさを考えれば、グイントたちを呼ぶのは難しそうだな。


「それで、今回はどのような用件で?」


「喉が渇いちゃったな」


 セラビミアの存在が気になりすぎて、飲み物の用意を忘れていた。


 喉を潤わさないと会話をするつもりはないようだ。


「紅茶を持ってこい」


「かしこまりました」


 ルミエはイナと一緒に部屋を出て行くと、ケヴィンがドアの前に立った。


 普段なら、そんなことはしないはずなのだが……違和感ばかりが増えていく。


 ゲームのシナリオになかった展開なので何が起こるか分からんが、俺の危機管理センサーが激しく反応している。


「色んな危機を乗り越えてきたジラール男爵には、期待しているんだよね」


 ルミエたちがいなくなったら話し始めた。


 違和感を覚えたが内容が気になるので、そのままにしておく。


「過分な評価をいただき恐縮です、とでも言えば満足か?」


 俺の質問には答えずに、自分のペースで話を進めてくるのでやりにくいな。


 何か企んでいるのだろう。


 ネタとして思いつくのは婚約の件だ。


 待っていても焦らされるだけなので、こちらから話を切り出すことにした。


「リーム公爵から逃げ出してきたのか?」


 ピクリと眉が動いたのを見逃さなかったぞ。


 やはり婚約関係の話なのは間違いなさそうである。


「なんでそう思ったの?」


「俺の屋敷に来る理由なんて、この前話していた婚約話しかないだろ。なんだ、迫ってきた公爵を殴りつけでもしたのか」


 勇者という立場であっても、公爵を殴って許されるはずはない。


 セラビミアだって分かっているだろうから、冗談として言ってみたのだが……。


「へぇ、よく分かったね。正確には雷の魔法を使って、酷い目に合わせただけだけどね。失禁して面白かったよ」


 いやいや、他人事のように笑うなよッ!!


 プライドの塊と言っても過言ではない貴族の中でも最上位である公爵。


 そいつに魔法を使って失禁させただと!?


 耳を疑いたくなる発言だ。


 嘘であってくれと祈ってしまうほどである。


「もちろん、謝罪して許してもらえたんだよな?」


「え、なんで豚に謝らないといけないの。ジラール男爵の言っている意味がわからないかな」


 嘘ばっかりつきやがって。


 ニヤニヤとずっと笑っているので苛立ってきた。


「上位貴族なんだから、許しを請うのは当たり前だろ。さっさと自分の領地に戻って謝罪の手紙でも書けよ」


「それは無理だって」


「何故だ?」


「だって私は、ジラール男爵と結婚するってリーム公爵を振ったからね」


 全力で目の前にあるローテーブルを叩いた。


 蜘蛛の巣状にヒビが走り、半壊する。


 隣にいたユリアンヌは突然の出来事に驚いて俺を凝視しており、アデーレは腰を落として腕を足の方に近づけていた。


 いつでもナイフを抜けるように体勢を整えたのだろう。


「俺を巻き込みやがったなッ!!」


「そうだよ。だって私とジラール男爵は一心同体……いや、この場合は運命共同体か。まぁ、だから一緒に困ってもらおうと思ったんだ」


「ふざけるなよ……ッ!」


 せっかくアラクネの集落を見つけて、領地発展のきっかけを見つけたのだ。


 他貴族のトラブルなんて抱えられない。


 公爵家と敵対したら破滅まっしぐらじゃないか!


 ゲーム内で死神と呼ばれていた勇者ではあったが、こんな手で攻めてくるとは思わなかったぞ……。


「私はいたって真面目だよ。リーム公爵には悪いけど結婚する気はないし、ジラール男爵と一緒にいると決めてるから」


 相変わらずセラビミアは笑ったままではあるが、目は真剣だ。


 何を言っても意見は変えない。


 そんな意志の強さを感じていた。

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