第174話 本当に帰るけどいいの?

 ようやく視察が終わって屋敷に戻ってきた。


 アラクネの集落で仲間になったレーアトルテも連れている。


 外には出せないので、俺の馬車に押し込んでずっと移動していたから、少しは仲良くなれたと思う。


 意外にも性的な視線を向けられることはなく、襲われなかったので、彼女は中身も特殊なのかもしれん。


 落ち着いたら、好みのタイプを聞いてみたいところだな。


「ジャック様、お帰りなさいませ」


 馬車が止まってドアが開くと、ケヴィンが頭を下げて出迎えてくれた。


 珍しいこともあるもんだな。


 普段ならルミエが来てくれるのだが、姿は見当たらない。


「ごくろう」


 先に降りると、頭を上げたケヴィンの前に立つ。


「後ろにいる女性は客人だ。見た目に惑わされず、丁寧に接しろよ」


「どいうことでしょうか?」


 戸惑っているケヴィンを無視して、数歩横に移動して後ろを見る。


 丁度、レーアトルテが蜘蛛の足を器用に使って、窮屈な馬車から出てきたところだった。


「こ、これは!」


 流石にケヴィンも驚いたようだ。


 白く美しいアラクネ――レーアトルテを見て絶句している。


 下半身がデカいおかげで人間よりもアラクネの方が背は高いため、見上げたまま動かない。


「アラクネのレーアトルテだ」


 紹介されたレーアトルテは、足を曲げてケヴィンと同じ目線になった。


「ジャック様から紹介していただいたレーアトルテです。よろしくお願いしますね」


 両手を前に出すとケヴィンの頭を掴んで抱きしめた。


 これがアラクネの正式な挨拶……なわけがない。


 俺は、そんな歓迎の仕方なんてされてないからなッ!


「おい。お前は何をしているんだ……ッ!?」


 手を離せと言おうとしたのだが、俺を見るレーアトルテの目が鋭く、思わず言葉を止めてしまった。


 それほどまでの圧を感じたのだ。


 獲物の横取りは許さない、なんて言葉が聞こえてきそうである。


「お前は老人が好きだったのか」


「おじさまと言ってください」


 どうでも良いことで反発しやがって。


 言い合うのが馬鹿らしくなったので、返事はせずに数歩下がって距離を取る。


「ケヴィンのことは好きにしていい。部屋に案内でもしてもらえ」


 この場で裏切るとは思えないので、あえてレーアトルテの好きにさせることを選んだ。


 好みの男が分かったので色々と交渉に使わせてもらおう。


 ケヴィンよ、お前の忠誠心に期待しているからな。


「じゃ、ジャック様!?」


 何か言いたそうだったが、文句を言われるのが嫌だったので、さっさと屋敷の中に入っていく。


 アデーレとユリアンヌ、ケヴィンを抱きかかえたレーアトルテも続く。


 グイントたち男組は、アラクネを怖がって外に待機したままだ。


 俺たちの姿が見えなくなったら入ってくるだろう。


「実はお客様が――ガハッ」


 後ろにいるケヴィンが何か言っていたが、レーアトルテが強く抱きしめすぎたせいか、途中で止まってしまった。


 老人なんだから労ってやれよと、心の中で注意しておく。


 口に出さなかったのは、こいつがゲーム内で何度も裏切ったからだ。


 ざまぁみろと挑発するように嗤ってやった。


 久々に気分が良いなッ!!


「騒がしいと思ったら、ジラール男爵が戻ってきたんだね」


 聞いたことのある声がしてピタリと足が止まる。


 俺の気分は急降下中だ。


 ゲーム内で何度も経験した死が近づいているような予感があり、背筋に冷たいものが走る。


「なぜ、俺の屋敷にいるんだ?」


 振り返って姿を確認する。


 予想通り、死神セラビミアがいた。


 腰に手を当てながら不敵な笑みを浮かべていて、先ほどの嫌な予感が当たっていることを物語っているようだ。


 アラクネがいるのに気にした素振りはなく、俺だけを見ているのが不気味である。


「ジラール男爵に会いたかったからだよ」


「俺は会いたくないが」


「へぇ、じゃぁ、本当に帰るけどいいの?」


 かまわんと言おうとして口を動かし、止める。


 セラビミアを返してはダメだと直感が働いたのだ。


 何か企んでいる。


 詳細が分かるまでは手放してはいけない。


「せっかく来ていただいたんだ。一緒に紅茶でも飲みながら話をしようじゃないか」


「話が分かるねぇ!」


 レーアトルテに抱き付かれているケヴィンを見る。


「俺は移動の汚れを落としてくるから、セラビミアを応接室に案内しておけ」


 首を縦に振ったので仕事はしてくれるだろう。


 次はアデーレとユリアンヌに指示を出す。


「俺と一緒に話を聞いてくれ。準備が終わったら応接室に来るんだぞ」


 同席を許可したのが嬉しかったのだろうか、二人とも元気よく頷いてくれた。



 この場にいるヤツらと別れると、風呂場で汗を流し、部屋で貴族用の服に着替える。


 パリッとしたシャツとしわ一つないジャケットは、手触りがよく触っているだけで気分が良くなる。


 鏡に映る俺の姿は、悪役っぽい貴族という姿をしていた。


「素敵な姿でございますよ」


 着替えを手伝ってくれたルミエが言うのであれば、完璧な仕上がりなんだろう。


 死神となったセラビミアと対談するには相応しい格好である。


 気合いも入ったことだし、そろそろ応接室に行くか。

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