第168話 それは欲しいが、悩ましいな

 褒められて嬉しいユリアンヌが抱き付いてきたので、腕を背に回しながら頭をなで続ける。


 時間は有限だ。


 今は情けない姿勢になってしまったが、報告の続きを聞こう。


「グイントはどうだった?」


 専門が斥候なので、ユリアンヌとは全く違う視点で詳しく調査していたはず。


 そんな期待を込めた目で見ていた。


「現在、そして将来の脅威度を測るため、僕は文明の発達具合を確認していました」


 良い視点だ。


 鉄を扱う技術や錬金術の知識によって、脅威度は大きく変わる。


 百年も交流がなければ独自進化をしていることだろうし、情報を入手する価値は高いだろう。


「感想は?」


「思っていたよりアラクネは器用なようです。組み立て式の槍だけなく、連射できるクロスボウまで作っていました」


「複雑な機能を持つ武器は壊れやすい。耐久性はどうだった?」


「細かい部品は耐久性に優れているアダマンタイト、メインの部分は魔力の伝導率が高いミスリルを使っているので、普通の武器より頑丈そうです……」


 ミスリルは鉄と同程度の固さなのだが、魔力の伝導率が良い素材だ。


 アダマンタイトは地上で最も固い言われており、両方とも産出量は少ない。


 上位貴族でも一般兵に回せるほどの量は保有していないため、アラクネが普通に使っていることに驚いていた。


「全員がミスリルとアダマンタイトで作られた武器を持っているのか?」


「武器だけではなく、防具もです」


 なんて潤沢な資源を持っているんだ!


 他国から輸入したなんてあり得ないので、近くに鉱山があるに違いないだろう。


 金の匂いがするぞッッ!!


「アラクネは、どこから手に入れたんだ?」


 すぐにでも答えが聞きたくて、早口で聞いてしまった。


「鍛冶場までは見学できましたが、入手先までは教えてもらえませんでした」


 資源は有限で貴重だからな。


 外部の人に話すことはないだろう。


 だからこそ、アラクネの反応で近くに鉱山があることを確信した。


「それは欲しいが、悩ましいな」


 資源に乏しい領地だと思っていたが、森の中にアダマンタイトやミスリルの鉱山があったのだ。


 手に入れれば俺の生活は一気に豊かになるだろう。


 開拓なんて面倒なことをしなくても、貴族らしい豪華な生活はできるようになる。


 埋蔵量次第ではあるが、極端な贅沢をしなければ、俺が死ぬぐらいまでは持つだろう。


 抱えている問題を全て解決してくれるような、そんな万能な資源ではあるのだが、だからこそアラクネは手放さないはず。


「勝手に採掘すれば、アラクネとの交易は全て終わるどころか、攻め込まれそうだな」


 アラクネの高い戦闘能力は侮れない。


 緑の風と同様の実力者がいる可能性も充分にあり、攻め込まれたら第四村はすぐに陥落するだろう。


 兵が数人在中していても即殺される。


 そのぐらいの戦力差はあるし、アデーレがいても数に押されて倒されてしまう可能性は高いのだ。


「はい。鉱山を強引に手に入れようとする行為はオススメできません」


 珍しく、グイントが力強い声で言った。


 強引に進めたらグイントは祖父を助けるために、逃げ出すかもしれない。


 時間はかかるが、税として少量を徴収していき、隙をみて一気に奪い取る計画を立てよう。


 男で集落を侵食していって、最期は乗っ取る、みたいな方法とか有効かもしれんな。


「その通りだな。今は手を出すタイミングではない」


「今は、ですか?」


 突っかかってくるグイントに気になりつつ、返事をする。


「強引に奪い取るつもりはないから、安心しろ。アダマンタイトやミスリルを安く仕入れられるように、交渉するだけだ」


 小さい集落で完結していたため、貨幣の概念が消えている。


 今回の取引だって物々交換だからな。


 男を受け入れる数なんて上限が決まっているのだから、レーアトルテには貨幣について学んでもらい、集落に普及してもらわなければならない。


 そういった意味でも、レーアトルテが俺に同行する価値は非常に高いと言えるだろう。


「他の貴族に高値で売りつけるんですね?」


「金を持っているのであれば、平民でもいい。できるだけ俺の領地から遠い場所で売りたいな」


 隣領に貴重な鉱石を売りつけて戦力が増強されました、なんて未来はさけたい。


 近場の貴族は全員敵だと思っているので、王都辺りで売りさばくのが良さそうだ。


「平和的な方法で手に入れるのでしたら、僕からの意見はありません」


 俺との話し合いが終わってほっとしたような表情をしたので、先ほどの態度について探りを入れてやるか。


「グイント……お前、アラクネたちに惚れたな?」


「……ッ!!」


 面白いぐらいグイントの顔が赤くなった。


 手を前に出して、小さく振って否定しているが意味はない。


 ユリアンヌですらニヤニヤと笑みを浮かべるほど、分かりやすい反応だからな。


 もしかしたら、不幸エロ体質のせいで惚れるイベントが発生していたのかも。


「お前の性癖は下半身が蜘蛛の女だったのか……」


「ち、違いますって!」


「どんな女を好きなっても俺は応援してやる。偏見はないからな」


 前世で色んな性癖があると学んだので、グイントの趣味ぐらい受け入れる器量はあるぞ。


 理解ある領主として優しく微笑んでやった。

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