第167話 一般兵はすぐに殺されてしまうでしょう

 大枠の条件が決まったので、レーアトルテの滞在先を俺の屋敷にするといった詳細を数時間かけてつめると、いつの間にか夕方になっていた。


 外部から人が訪れることなんてなかったので、当然のように宿はない。


 トリシュに空き家を一軒貸してもらい、周囲に天幕の張る許可をもらった。


 長い間、使われていなかったようで、空き家は傷んでいないがホコリだらけだ。


 窓を全開にして掃除をしなければならず、二人の兵が頑張って清掃している。


 屈強な男が雑巾がけをしている姿はアラクネの興味を引くらしく、集落に住んでいる数人が見学に来ていた。


「男……最高……」


 涎を垂らしながら言っているので、捕食されてしまうんではないかと不安になるほだ。


 男を求める本能というのが暴走して、ブレーキが壊れている、そんな印象があるので油断できない。


 今晩は寝ずの番を立てる必要があるな。


 ルートヴィヒに、兵どもが性的に襲われないか注意が必要だと指示をしてから、調査から戻ってきたグイントとユリアンヌと合流。集落の状況を共有してもらうことにした。


◆ ◆ ◆


「お前たちの印象を教えてくれ」


 空き家に寄りかかりながら、目の前に立つグイントとユリアンヌの報告を聞いている。


「先ずは私からで良いですか?」


 手を上げたのはユリアンヌだ。


 小さく首を縦に振って許可する。


「アラクネが近場で獲物を狩りに行くと言っていたので、同行してきました」


 なんで、出会ったばかりの他種族と狩りに行けるんだよッ!!


 もっと仲良くなってからするもんじゃないのか!?


 脳筋どもは予想外の動きをするため、俺の常識がガタガタと崩れていく音が聞こえた。


「その際、一緒に魔物と戦いました」


「どうだった?」


 突っ込む気力は湧かず、詳細を話せと促す。


 ユリアンヌは戦いについては信用できるので、アラクネという種族がどこまで強いのか、評価を聞きたいのだ。


「アラクネの戦闘能力は非常に高い、と評価するべきだと思います。もちろん私には劣りますが、ほぼ全員が近しい実力を持っています」


「それほどなのか?」


「中距離からの槍、至近距に持ち込んでも足による攻撃で、一般兵はすぐに殺されてしまうでしょう。また全員が魔力を持っているので、身体能力も非常に高いですね」


 中、近距離に対応した種族か……確かにやっかいだな。


 報告にはなかったが、糸による捕縛も気になるところではある。


 しかもユリアンヌに近しい実力を全員が持っているとしたら、兵力差が三倍あっても勝てるか怪しいぞ。


 アラクネの集落を占拠、支配するのであれば人数差で五倍ぐらいは欲しい。


 もしくはアデーレ、ユリアンヌ級の人材が数人は必要だな。


「特にアラクネの足は恐ろしいですね。鉄のように堅く、かつ柔軟性もあり、通常の武器で破壊するのは困難です」


 下半身は大きく、柔らかい上半身に近づこうとしても苦労するだろうな。


 戦場となればアラクネも鎧や兜、盾といった防具は着けるだろうし、より困難になるはず。


 アラクネは全員が戦士だと思って接した方が良さそうだ。


「魔法への適正・耐性はどうだ?」


「魔法を使う魔物がいなかったので分かりませんが、攻撃だけでなく回復系の魔法を使えるアラクネもいました」


 非常に貴重な回復系もいるのかッ!


 俺が把握している限り、ジラール領にはアラクネ以外に回復魔法が使える人はいないぞ。


 さすが『悪徳貴族の生存戦略』の後半に登場した種族なだけはある。


 反則的な強さだ。


「どのような攻撃魔法を使っていた?」


「一部だけですが土系統の魔法です。岩を飛ばしていました」


 地味だが、遠距離攻撃まで使えるのであれば厄介だな。


 この世界において魔法は血統として受け継がれていく傾向があるらしく、全員が使えるというわけではないことが分かっている。


 例えば俺の場合は、子供ができたら闇系統の魔法が使えるようになるだろう。


 種類については親に似るらしいのだが、まったく一緒ではない。


 使える種類が『シャドウ・ウォーク』のみというパターンもあれば、俺が使えない魔法まで覚える可能性もある。


 この法則がアラクネにも適用されるのであれば、魔法を使える個体は上位として扱われている可能性はあるな。


「危険な森で集落を作れるほどには強い、ということか」


「はい。争うことになれば、我々が負けていた可能性はあります」


 ユリアンヌがそう評価するのであれば、概ね間違いないだろう。


 獣人も人間より強いが、アラクネはさらに上か。


 男がいないという最大の弱点を補うべく、種族としての強さは異常なほど高い。


 町に連れて行く予定のレーアトルテは、味方に引き込んで戦力として使えるようにしたいな……。


「アラクネの危険性は充分に理解した。ユリアンヌ、助かったぞ」


 頭に手を乗せて、グリグリと動かす。


 髪が乱れると嫌がる女が多いと聞くが、ユリアンヌの場合は、こうすると喜ぶのだ。


 アデーレも一緒だし、二人とも犬みたいだな。


 なんて、何度も思ったことである。


「旦那様の役に立てたなら嬉しいです~」


 先ほどまでキリッとした表情だったのだが、今は表情が緩んでだらしなくなっている。


 これが俺の婚約者が……。






=====

【あとがき】

体調は良くなりましたが、年末が近づき本業の方が忙しくなってきました。

申し訳ございませんが、年内は二日に一回の更新になりそうです。



書籍の発売まであと三日……!

PVが公開されたので近況ノートにURLを記載しております。

無事に売れてくれるのか、ドキドキしてきました……。

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