第166話 三つあります

「では、一部条件というのを聞かせてもらおうか」


「三つあります」


 結構多いな。


 無理難題を言ってくるようなら、最悪のケースも想定して話を進めなければならんぞ。


「先ずは、お母様が話していたと思いますが、男性の派遣をお願いします」


 レーアトルテは指を一本立てながら、自らの要望を口にした。


「何人か送ろう。それは約束する」


 男を生け贄にする話はトリシュともしていたので想定の範囲内だ。


 種族存亡の危機なのだから、俺だって見返りさえもらえれば積極的に協力するつもりである。


 重要なのは残りの条件だな。


「では、二つ目です」


 レーアトルテが二本目の指を立てた。


 何を言ってくるのか分からず、緊張しながら続きを待つ。


「集落の自治を私たちにさせてください」


 王国法には従わず、自分たちが作った法で治安を守りたいというわけか。


 また罪人の処罰も集落が行い、俺は手出しができない。


 要するに、俺に支配されたくないと宣言しているのだ。


 小さな集落に住むアラクネが俺と対等な立場でいたいなんて、思い上がるなよッ! ……と即刻拒否しても良いのだが、アラクネの糸や布は貴重なので、簡単には手放したくない。


 ジラール領発展の鍵になる集落を潰して良いのだろうか、と悩みながら質問をする。


「集落で犯罪者が出ても自分たちで処理したい、ということか……見返りは?」


「私たちが作り出す糸と布は、どうでしょうか?」


 まぁ、そうなるよな。


 だがそれだけじゃ足りん。


 もう少し欲張ろう。


「あわせて、果実も定期的に納めてもらうぞ」


 少なくともさきほど食べた果実は、ジラール領や近辺では見たことがない。


 特産物の一つとして加えたいと思っての発言である。


「果物以外でも欲しいものがあればお渡しします」


「ふむ、それらは税として徴収させてもらおう。それでもいいのか?」


 税を納める代わりに外敵から守り、治安を維持、インフラを整える。


 領主として俺のやってきたことだ。


 だが自治権をアラクネに任せるのであれば、それらは全部やらずに税だけを納めてもらうことになる。


 一方的な搾取構造だ。


 普通なら話にならない提案ではあるのだが、レーアトルテは納得しているような表情をしている。


「私たちは森の中でひっそりと暮らしたいだけです。それが守られるのであれば、問題ありません」


 俺の支配を受け入れてしまえば、集落を潰されて町に移住させられるかもしれないという不安、不信感があったから自治権を求めたのかもな。


 独自の武力をもち、俺の裁けない集落があるのは気になるが、アラクネが納める税によってジラール領が潤えば問題はなくなる。


 戦力が補強できて、いつでも潰せるようになるからな。


 よし、結論は出た。


「……いいだろう。自治権は認める。税の詳細については今後決めるとしよう」


「ありがとうございます」


 能面のようだったレーアトルテの表情が緩んだ。


 初めての対外交渉、ずっと緊張していたのだろう。


「それで最後の条件というのは?」


 態度からして三つ目の条件はたいしたことでないと思い、気軽に聞いてみた。


「私を外の世界に連れて行ってください」


 考えたな、そうきたか!!


 集落の外に出て、ジラール領の動向を監視するつもりなのだろう。


 俺が兵力を集めて不穏な動きをするようであれば、仲間に連絡をして逃げ出す計画だな。


「先ほど森の中でひっそりと暮らしたいと言っていたじゃないか。アレは嘘だったのか?」


「いえ、私を除いたアラクネの総意なのは間違いありません」


「レーアトルテは違うと?」


「私は広い世界を見て、理想の男――じゃなかった、えーと、色んな人と出会って知識を得て、集落に還元したいだけです」


 歪曲した言い方ではあるが、俺の勘違いではなさそうだ。


 このレーアトルテという女は、集落の現状を維持するだけではなく、将来の脅威についても考えている。


 小賢しい考え方をしやがってとは思うが、問題はないな。


 所詮、田舎娘の考えることだ。


 準備さえ整えば、レーアトルテが動く前にアラクネの集落なんて占領できる。


 多少は動きにくくなるだろうが、問題にはならん。


 それより目先の金だ、金ッ!


「ふむ……良いだろう。三つの条件、全てを受け入れよう」


 だが、俺も条件を付け足すぞ。


 レーアトルテが集落の利益を考えるのであれば、俺はジラール領の利益を考える必要があるからな。


「その代わり、集落で採取できる果実やアラクネの糸や布は俺が独占させてもらうからな」


 王都でならアラクネの糸なんかは手に入るが、ジラール領も仕入れられると分かれば、買付に来るヤツらは大量にやってくるはず。


 アラクネの集落にたどり着いた行商人たちへ販売されて、他領に流れてしまえば価値が落ちてしまうだろう。


 今回の交易、そして税収で、金さえ手に入ればやれることは一気に増えるので、この条件だけは絶対に外せない。


「かしこまりました。それで問題ございません。お母様もそれでいいですか?」


「私は男が来るなら文句はない。レーアトルテの好きにしろ」


 娘は集落の将来を気にして交渉していたのに、母親のトリシュは男のことしか考えてないのかよ!


 集落の様子からしてトリシュの方がアラクネらしい性格で、レーアトルテが異端なんだろうな。

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