第169話 この地域一帯の領主をしている

 日が暮れ始めたので、割り当てられた空き家の付近に兵たちが天幕を作り始めた。


 他にも使用許可が出た空き家はいくつかあるが、寝込みを襲われる可能性を危惧して、集団で寝ることにしたのだ。


 ずっと性的な目で見られていたこともあり、兵の一部は怯えている。


「手が空いたものから飯を食べろ!」


 ルードヴィヒが指示を飛ばし、兵が大人しく従っている姿を見て満足すると、ユリアンヌを連れて集落を散歩することにした。


 アデーレも来たがっていたが、兵の守りも固めたいので、今回は我慢してもらっている。


 たまには、婚約者に気を使うぐらいはできるのだ。


「どこに行きます?」


「鍛冶屋があるなら見に行きたいな」


「あっちにありあります」


 腕を絡めたユリアンヌが指さした場所には、石造りの家があった。


 煙突のような場所から煙が上がっているので、まだ作業はしているようだ。


「勝手に入っても大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ! 仲良くなりましたし、何とかなります」


 一緒に狩りへ行く仲になったユリアンヌの言葉であれば、大丈夫だろう。


 いきなり攻撃されるようなことはないだろうし、まぁ、仮に失敗しても許容範囲だ。


「わかった。案内を頼む」


「任せて下さい!」


 言葉には出さないが、アデーレをお留守番させていることが嬉しいようで、ユリアンヌは張り切っている。


 配慮した結果が出て満足である。


 スキップしそうなぐらい軽い足取りで、鍛冶屋の中に入っていった。


「こんにちはー!」


 俺たちは初めてアラクネの集落に来たので、こんな気安く声をかけられる関係ではないと思ったのだが、ユリアンヌの考えは違うようである。


 ドアを開けると勢いよく入っていく。


 当然、腕を組まれている俺も同様である。


 家の中は全てが作業場になっているようで、奥には鉄を溶かす炉、中心には金床があった。


「あら、ユリアンヌちゃん。また会ったね」


 俺が両手を使っても持ち上げられないだろう槌を壁にかけながら、頭にタオルを巻いたアラクネが笑顔で返事してくれた。


 どうやら片付けをしていたみたいだな。


「私の旦那様を紹介しようと思ってね!」


「隣にいる男が、それかい?」


「うん! 大好きな旦那様!」


 もっとまともな紹介はできないのかよ……と頭を抱えつつ、一方で他種族相手に友好的な関係を築けていることに驚いた。


 男を求める心が、お互いの相性を良くしているのだろうか。


 俺には理解できないが、仲が良いのであれば問題はない。


 利用させてもらおう。


「俺はジャック・ジラールだ。この地域一帯の領主をしている」


「丁寧にありがと。私はナッティ。見ての通り、ただの鍛冶師さ」


 何とも気安い挨拶だな。


 領民であれば絶対に今みたいな態度はしない。


 俺が貴族としての権力を持っていると知っているからである。


 しかし、目の前にいるアラクネにそういった知識はないので、無知であるが故に気安い態度を取っているのだろう。


 ここで怒るのは大人げない。


 今後はちゃんと教育するとして、今はアラクネの理解を優先する。


「アラクネの鍛冶師には初めて会った。何を作ってるんだ?」


「私も男に会ったのは初めて……って、そんな怖い顔するなよ」


 ナッティが俺を性的な視線で見たことに気づいたユリアンヌが、威嚇するように睨みつけていた。


「旦那様はダメだからね」


「分かってるって」


 蜘蛛の足を器用に動かして、ナッティは床に置きっぱなしの槍を手に取った。


 当たり前ではあるが、アラクネが使っている武器は、彼女が作っているのだろう。


「狩りに使う槍やクロスボウから、鎧、包丁、釘、依頼があれば何でも作るさ」


「ジャンルは問わないか。素晴らしい腕を持っているな」


 ややオーバー気味ではあるが、賞賛したら顔をニヤニヤと笑いながら、ナッティは頭をかいた。


 照れているのか?


 ユリアンヌ並みにチョロいぞ。


「いやー、男に褒められるとうれしいもんだね。何でもしてあげたくなっちゃうよ」


「だったら、ミスリルが採れる場所はどこかだ教えてくれるか?」


「え、あぁ。あれは、一番近い山から採掘できるんだよな。族長のトリシュが詳しいぞ」


 重要な機密が何の苦労もなく手に入ってしまった。


 もちろん、勝手に採掘するつもりはないが、おおよその場所が分かるだけでも選択肢は増える。


「トリシュに聞けば案内してもらえるか?」


「うーーん。男を抱かせればいけるんじゃないか」


 なんてことだ!


 男に弱いと言ってもほどがあるだろ!


 今回は俺にとって利益になったが、集落に入り込んだ男が他領の諜報員もしくは、悪党だったら大問題だ。


 適当に男を派遣すれば良いだろうと思っていたが、少し考えを改める必要があるな。


「旦那様……」


 不安そうな目でユリアンヌが俺を見ていたので、安心させるために笑顔を浮かべた。


「俺はトリシュを抱くつもりはないし、兵に命令するつもりもない」


 こんなところで、反感を買ってしまいうようなことはできんからな。


 貴重な鉱石の入手は後回しにすると決めたので、今はアラクネについての調査を優先したい。


「お熱いことでだな」


 軽い口調だが、ナッティは羨ましそうな声で言った。


「安心しろ。お前にも男が行き渡るよう、用意してやるから」


「話が分かるね! 楽しみにしているよ!」


 ナッティが俺に近づくと背中を豪快に叩く。


 予想していたよりも力が強く、咳き込んでしまった。




====

【宣伝】

書籍版が発売となりました!

店頭にあると、本になったんだなって実感が湧いてきますね!


ここまで来れたのも、応援してくださる皆様のおかげです。

ありがとうございます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る