第160話 …………助けて欲しい人がいる

 一人、森の中を歩いて行く。


 鳥の鳴き声や木々のこすれる音が聞こえ、周囲はわりと騒がしい。


 気配の察知なんてよく分からないため、いきなり魔物に襲われるかもしれないと、警戒している。


 しばらく進み、ユニコーンや人食い鳥あたりが出てきたら撤退だなと思っていると、背後から草を踏むような音がした。


 振り返りながらヴァンパイア・ソードの切っ先を向ける。


「また会ったね」


 目の前に、長い緑色の髪を持つ木の精霊ドライアドがいた。


 緑と黄が混ざったドレスを着ていて、やや幼い顔立ちだ。


 相変わらず、庇護欲を掻き立てる姿は変わっていない。


 最初に出会ったときは奴隷の首輪を付けていたが今は何もないので、誰かに操られているようなことはなさそうだ。


「そうだな」


 友好的な態度に見えたので、ヴァンパイア・ソードを鞘にしまう。


「なんで来たの?」


「この森を開拓したい」


 ドライアドは人の言葉を話すが、コミュニケーション能力は高くない。


 複雑な言葉やオブラートに包んだような表現は理解できない可能性があるので、欲求をストレートに伝えた。


「どうして?」


 理由か……伝え方に悩むな。


 村を拡大して増えた領民を移住させる、もしくは畑の拡大が目的だ。


 だが、目の前のドライアドに説明しても理解はしないだろう。


「人が住める場所を増やしたいからだ」


「森を壊してでも?」


「そうだ。この森は深すぎる。少しだけ人が住めそうな場所を増やしたい。許可してもらえないか?」


 勝手に自然を破壊したらドライアドが復讐しにくる恐れがある。


 逆に協力してもらえれば、開拓中、魔物に襲われる被害は減るだろう。


 運良くドライアドと交渉できればと思って、ここまで着たのだ。


「…………」


 ドライアドは黙ったまま俺の顔を見つめている。


 心の中を見透かされているようで、気まずい無言の時間が過ぎていく。


「どうだ?」


 我慢できず質問をしたが、ドライアドは反応しない。


 何を考えているかわからん存在だな。


 休憩の時間が終わりそうなので戻ろうか悩む。


「ジャック……」


 視線をドライアドから外した瞬間に名を呼ばれた。


 もう一度顔を見ると、ドライアドは話を続けてくれる。


「約束は守れる?」


 裏切られるのが大っ嫌いな俺にとって、約束とは重い言葉だ。


 安請け合いなんて絶対にしたくはない。


「内容次第だ」


「…………助けて欲しい人がいる」


「誰だ?」


「ジャックに似ているけど、足がいっぱいある」


 精霊だからか、他種族に疎いみたいだ。


 変わった表現をしやがる。


 これ以上、質問しても答えは出てこないと思わされる答え方だな。


「足がいっぱいって、何本あるんだ?」


「わかんない」


「他に特徴は?」


「ツルツルの布を作る。大好き」


 足がいっぱいあって布を作るか。


『悪徳貴族の生存戦略』で登場した種族だと一つしかない。


 森の中で生活するという点も合致するので、間違いないだろう。


「アラクネか」


 下半身が蜘蛛で上半身が女性の種族だ。


 作品によっては人と敵対する、魔物に近い存在として描かれるときもあるが、『悪徳貴族の生存戦略』では友好な種族として登場。


 ゲーム終盤では戦闘ユニットとして操作することまでできた。


 当然、一般兵よりも強く、種族性能は高い。


 さらに、アラクネ糸で作った布は絹のようななめらかさと、高い防刃性をもっている。


 さらには衝撃を吸収する機能もあるので、貴族から冒険者まで誰もがほしがる逸品だ。


 上手く使えばジラール領の特産物になるぞ。


 小さな集落で人口が三十人と仮定した場合、一日の生産量は――。


「ジャック?」


 手に入りそうな利益を計算していたら、ドライアドの声で中断されてしまった。


 ドライアドがいるのに、金のことで頭がいっぱいになってしまったようだ。


「すまん。少し考え事をしていた」


「いいよ。それで助ける?」


「アラクネは何に困ってるんだ?」


「わからない。本人に直接聞いて」


 このあたりが情報を引き出せる限界か。


「ふむ……」


 金を抜きにして、アラクネの存在について改めて考えてみる。


 ジラール領内に把握していない種族がいるのは問題で、下手したら反乱分子を内部に抱えていることになってしまうだろう。


 そんな危険は犯したくないので、俺としてはアラクネを支配下に入れたい。


 しかし強引に進めてしまえば、武力衝突する可能性は高まるだろうな。


 デュラーク男爵との戦いの傷が癒えていない今、それだけは避けたい事態だ。


 ゲーム上、アラクネは強キャラとして登場していたので、強引には進めずに交易で関係を築きつつ、相手の出方を見極めるところから始めるか。


 金稼ぎ、そして統治の観点から、今回の依頼は受けるしかなさそうである。


「わかった。それじゃ本人に話を聞く」


「彼女たちを助けてくれるの?」


「おう、任せろ」


 自信ありげに返事したら、ドライアドは安心したような表情をした気がした。


 決断したのであれば中途半端なことはしない。


 徹底的にやるぞ。


「離れたところに仲間がいるから集めてくる。戻ってきたら案内は頼めるか?」


「もちろん。任せて」


 手で胸を軽く叩いた。


 精霊なのに人間くさい動きをする。


 もしかしたら初代ジラールが教え込んだのかもしれんな、なんて、そんな妄想をしていた。





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風邪を引いてしまったため、明日の更新はお休みするかもしれません。

(体調が良くなれば更新します!)

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