第159話 無事に帰ってきてくださいね

 村に滞在して二日が経過した。


 外が騒がしいと思い見に行くと、町に戻っていた兵士たちが第四村に来ており、なぜかアデーレとユリアンヌ、グイントまでいた。


 どういうことだ?


 こっちに来いなんて命令は出してないぞ。


 俺の姿を見つけたユリアンヌが、両手を広げて走ってくる。


「ジャック様ーーーー!!」


 しばらく会っていなかったせいか、元気すぎる。


 この勢いのまま抱き付かれたら嫌だなと思っていたら、アデーレが足を引っかけて転ばした。


 ゴロゴロと縦に回転しながらユリアンヌは俺に近づき、足元で止まった。


 顔は地面に埋まっていて、お尻は天の方を向いている。


 棒を突き刺したら面白そうだ、なんて思ってしまった。


「ふごふごふご……」


 顔を上げることなく、ユリアンヌは何か喋っているようだ。


 ヒルデがやっている教育の成果が出るのは、遠そうだな……。


「ジャック様」


 いつの間にかアデーレが俺の前に立っていた。


 ユリアンヌは完全に無視。


 仲が悪いのは変わらないようだな。


「何故ここにいる?」


「領内の巡回任務中です」


「ふむ、そういうことか」


 領内の治安を維持するため、兵士たちは主要街道や村の巡回をさせている。


 兵の安全確保と魔物や野盗を発見した際、確実に殺せるよう、アデーレやユリアンヌにも参加を許可していたのだ。


 言い訳としては及第点だな。


「森に入るなら同行させてくださいっ」


 兵から話を聞いたのだろう、上目づかいで聞かれてしまった。


 心がぐらつく。


「私からもお願いします!!」


 ユリアンヌも立ち上がってお願いをしてきた。


 顔に土が付いたままだったこともあり、怒る気力は湧かない。


 間抜けすぎて、愛嬌みたいなものを感じてしまうから不思議だな。


 なんとなく愛おしく感じる。


 いかんな、心に隙ができ過ぎている。


 いつ、誰に裏切られるか、攻撃されるか分からないのだ。


 緊張感は常に持っていないと。


「よろしい。許可する」


 護衛そして斥候のグイントもいるので、同行を認めた。


 次の瞬間、二人とも俺に抱き付く。


 グイントは遠巻きで見ているだけ。


 立場をわきまえているようだ。


 体を揺らされながら、屋敷の守りはヨン卿がいれば充分だろうなんて考えていた。


「今回の目的は森の調査だ。二人はルートヴィヒに今後の予定を聞いてこい」


 素直に俺の体から離れたアデーレとユリアンヌは、ルートヴィヒを探しに去って行った。


 森の調査は浅い部分だけで終わらそうと思っていたのだが、戦力が強化されたので奥にまで行けそうだ。


 未開の部分が多いので、何が出てくるか楽しみである。


 もしドライアドに出会えたら色々と話を聞いてみよう。


「ジャック様の荷物は準備できました」


 一人になるタイミングを待っていたであろう、ルミエが声をかけてきた。


 手にはパンパンに膨れた荷袋があり、後ろにはイナがいる。


「保存食、水、ロープや布、回復ポーションが入っております」


「保存食は何日分だ?」


「四日です」


 最初の探索は二日を予定しているので、食料には余裕がありそうだ。


 問題はないだろう。


「ご苦労」


 ルミエから荷物を受け取ったので、離れようと思ったら声をかけられる。


「無事に帰ってきてくださいね」


 愛情がこもっているように感じられたが、ルートヴィヒにも同じことを言っているんだろうなと思うと、少しだけ冷めてしまった。


 嫉妬か……?


 お互いに利用し合う関係で充分だなんて、思っていたんだがな。


 アデーレやユリアンヌの時も感じたことではあるが、少なくと情というのは湧いてしまったようだ。


 今は恋愛感情なんて持っていないと言い切れるが、もしかしたらこの先、ルミエやアデーレ、ユリアンヌに持ってしまうかもしれん。


 それが恐ろしかった。


「もちろんだ」


 自分でも分かるほど不自然に冷たい声で返事をすると、ルミエから離れて荷袋を背負う。


 両肩にずしりと感じる重みが、情の重さのように思えてしまい、気分は悪かった。




 数時間後、俺、アデーレ、ユリアンヌ、グイント、ルートヴィヒと他五名の兵が森の中へ入っていった。


 非戦闘員のルミエやイナは第四村でお留守番である。


 隊の先頭はグイントだ。


 最近はメイド姿ばかりで本職を忘れがちだったが、今は革製の鎧を着ていて冒険者らしい見た目をしており、頼れる斥候として活躍している。


 今回は調査が目的なので、こちらが先に魔物を見つけたら回避するように動いていた。


 森の奥に進んでいき、以前、ドライアドと出会った場所につく。


 地面がえぐれていたりと、戦闘した跡は残っているが、魔物の姿はない。


 ただ、緑の匂いが強く、人が侵入してくることを拒否しているように感じた。


「兵が疲れています。休憩にしませんか?」


 ルートヴィヒからの提案だった。


 魔力量が豊富な俺やアデーレ、ユリアンヌは身体能力が強化できることもあって、体力に余裕はあるが、一般の兵たちは限界が近いようである。


 俺の基準で考えていたため、周囲に対する配慮を忘れてしまったようだ。


「良いだろう。小休憩するぞ。水分と栄養の補給も忘れるなよ」


 兵たちは、ほっとしたような表情を浮かべてから、地面に座り込み水を飲み始めた。


 これでは周囲の警備を頼むわけにはいかんな。


「グイント、お前は体力に余裕あるか?」


「はい。疲れてません」


 体の線は細いのに。


 心強い返事だ。


「それではアデーレとユリアンヌを連れて周囲を警戒してくれ」


「わかりました」


 命令を受けたグイントは二人を連れて、休憩している場所から離れていく。


 この辺をぐるりと回るようにして巡回をしてくれることだろう。


 一人になって暇なので、俺はドライアドが住んでいた森の奥を少しだけ見に行くことにした。

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