第136話 きっちり働けよ
対岸に、デュラーク男爵の兵が並んでいる。
前列は革鎧を着ているヤツらだ。
大盾と槍を地面に置き、緊張感なく立っていて、鍛えられているようには見えない。
新兵あたりを集めたのだろう。
その後ろには、魔法効果が付与された金属鎧を身につけた兵たちがいる。
油断なく立っているように見え、しっかりと鍛え上げられていることが分かった。
こいつらが本命の精鋭部隊だろうよ。
町で見かけたデュラーク男爵の嫡男はいないようだが、どこかに隠れているのか?
もし別行動をして川を渡っているのであれば、対策はしている。
緑の風を後方に待機させているので、背後の動きは察知できるし、迎撃も可能だ。
彼女たちは他の仕事があるので、奇襲部隊とあまり戦わせたくないがな。
領内の村を襲ってもデュラーク男爵にメリットはないので、略奪されているといった不安はない。
残る可能性は……俺の屋敷を襲うぐらいか。
警戒しろと伝えてあるし、護衛の兵やグイント、ユリアンヌ、なによりケヴィンがいるから大丈夫だろう。
仮に精鋭部隊が送られたとしても耐えられる。
だから、今は目の前の敵に集中することにした。
◆◆◆
「すぐに動くと思ったんですが、しばらくは様子見ですかね?」
デュラーク男爵が現れてから一日経過しているのだが、川を挟んで睨み合いを続けている。
いつ攻撃が来るか分からない緊張感が続くなか、隣にいる指揮官のルートヴィヒは、まだかまだかと焦っているように感じた。
この様子だと、末端の兵たちが我慢できずに飛び出す危険がありそうだな。
「デュラーク男爵が動かない限りは、な。俺たちからは絶対に手を出すな。兵にも厳しく伝えろ。命令に従わず、勝手に動いたら俺の剣で血を吸い尽くしてやる、とでも言っておけ」
「ははは、これは気合い入れて伝えなきゃいけませんね」
前に教育してやったから、警告すれば命令違反をするヤツは出てこないだろう。
少なくともデュラーク男爵の兵より先に、緊張感に耐えきれず飛び出すことない。
鞭はこのぐらいでいいだろう。
飴も用意してやるか。
「まぁ、勝てばちゃんと報奨をやる。特に敵の指揮官の首を取ったら、金貨30枚は渡そう。だから、きっちり働けよ」
金をやると言ったら、ルートヴィヒの顔が急に真面目なものになった。
現金なヤツだが、嫌いではない。
行動原理が分かりやすいからな。
「かしこまりました! それでは、兵に伝えてきます!」
俺の前で整列している兵に向かって、ルートヴィヒは走って行った。
こちらに動きが出たと察したデュラーク男爵が、兵に指示を飛ばす。
何を言っているか分からんが、前線の兵が弓を持ったので威嚇攻撃ぐらいはしてきそうだ。
「ジャック様は私が守ります」
攻撃の気配を感じ取ったアデーレが俺の前に立つ。
小さな背中だが、鉄の壁を前にしたような安心感があった。
「頼んだぞ」
アデーレは俺の護衛として付けているので、前線には出さない。
兵同士に戦ってもらうか、突破口として緑の風を使う予定である。
視線を前に戻して、敵兵の動きに注目する。
使い捨てと思われる革鎧を着た兵が川岸まで移動すると、橋の一部を占拠した。
その後ろから、精鋭部隊が弓を放つ。
距離を十分にとってあったので、兵の手前で落ちた。
この結果は両者、想定通りだろう。
俺の兵が我慢できずに飛び出すことを期待していたのだろうが、命令違反をするような弱兵はいない。
撤退すると思っていたのだが、予想に反してしばらくは睨み合いが続く。
数時間ほど経過すると作戦を変えたのか、革鎧を着たデュラーク男爵の兵がジリジリと前に出てくる。
橋の半分を超えて、ジラールまで一メートルを切った。
「そろそろ、くるか?」
けん制にしては前に出すぎである。
もうすぐ戦いが始まりそうな、ピリピリとした空気を感じた。
「さすがジャック様です。本当に動きました」
革鎧を着た兵だけが橋を渡って俺の領地に入った。
まだ敵兵の弓が届く範囲内なので、ルートヴィヒは兵に命令を出していない。
ちゃんと冷静に判断できているようだ。
敵兵は縦に二列並ぶと、体を隠せるような大盾を構える。
もう一方の手には槍を持っていて、俺の兵では突破が難しそうだ。
整列が終わると、プレッシャーをかけるようにゆっくりと歩いてきた。
ルートヴィヒが号令を出して弓を放つが、隙間なく並べられた盾に弾かれてしまう。
俺の兵を迂回させ、背面から突撃させようにも、残っている精鋭部隊に襲われて挟み撃ちにされてしまうはず。
騎兵が欲しいところだな。
待ち構えて十分に引きつけてから、側面や背後を狙うか……?
いや、ダメだ。
数ではこちらが劣っているので、仮に敵の隊列を崩して乱戦になったとしても、やはり精鋭部隊に攻撃されて負ける可能性が高い。
早速ではあるが、助っ人の力を借りるか。
「ルートヴィヒ! 兵を下げろ!」
俺の声を聞くとすぐに兵に命令して、後ろに下がった。
敵兵の移動速度が遅いため、距離が空く。
実はこの動き、緑の風への合図でもあった。
ゆっくりと前に進む兵を睨みつつ辛抱強くまっていると、上空に雲が集まってきた。
デュラーク男爵が動揺しているように見える。
まさか、上級の魔法を使える兵が田舎男爵領にいるとは思ってなかったんだろう。
普通は宮廷魔法使いとして悠々自適な生活をしているからな。
そういった常識を覆す兵がいるからこそ、不意を突けそうなのだ。
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