第116話 そんな悪い子にはお仕置きです

「よし、模擬戦を再開するぞ」


 まだ動き足りない。


 木剣を構えると上段から振り下ろす。


 アデーレは棒立ちの状態ではあるが気にしない。


 すぐに動かないのが悪いんだ。


「遅いですよ」


 まるで氷の上を滑っているような動きで半歩横に移動すると、アデーレは俺の攻撃をかわしてしまうが、これは予想の範囲内である。


 一振りで当てられるとは思っていない。


 完全に振り下ろす直前で止めると刀身を横にして、なぎ払いに変えた。


 不意打ちだったはずだが、アデーレは木剣を体の間に滑り込ませて受け止めてしまう。


「性格と違って、戦いになると素直ですね。目線で何を狙っているか丸わかりです」


 一言余計だッ!


 と、文句を言う代わりに全力を出して押し切ろうとする。


 魔力を開放しているのだがアデーレは動かない。


 素の筋力であれば男である俺の方が優位なんだが、魔力による身体能力向上率はアデーレの方が高く、実戦形式だと互角になってしまうのだ。


 いや、違う。


 少し見栄を張りすぎたか。


 実際はアデーレの方が強い。


 押し返されてしまうほどである。


「体の使い方もなっていません。腕の力だけではなく、腰や足も使うんです……こうやって!」


 木剣を弾かれてしまった。


 右腕が上がって足に力が入らない。


 致命的な隙を見逃すほど甘くはない。


 アデーレは双剣を横に振るってくる。


 これから来るであろう痛みに耐えるべく、無意識のうちに腹に力を入れてしまった。


「捕まえた」


 なんと当たる直前に双剣を手放したアデーレが抱き付いたのだ!


 俺の腹に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。


「動けないからって回避を諦めちゃうのはダメですよ」


 言っていることは正しい。


 攻撃が直撃すれば、高性能な防具でない限り耐えきれないからだ。


 アデーレが手を離さなければ木剣が直撃して骨は折れていただろうし、真剣であれば鎧を着込んでも体の半分は斬り裂かれていたはず。


「そんな悪い子にはお仕置きです」


「師匠?」


 不穏な空気を感じたときには遅かった。


 足をかけられてしまい、押し倒されてしまう。


 頭をぶつけないようにと手で支えてくれたのはありがたいが、もっと別のことに気を使えよ!


「これも実戦訓練です。対人戦ではこうやって組み合うこともあります。逃げ出してください」


 防具は着けていなかったので、やや控えめな胸が密着している。


 女好きのジャックが出てくるかもと気になってしまい急いで抜け出そうとするが、腕と足を押さえられてしまい動かない。


 男の俺に比べてアデーレは体重が軽いので、押し返せると思ったんだがな。


 力だけでは抵抗出来ないらしい。


 腰を浮かしてひっくり返そうとするが、絶妙に重心を移動されてしまうのでダメだった。


「このままだとジャック様は、ずっと私に抱きしめられたままですよ?」


 なんだか楽しそうな声だな。


 尻尾をブンブンと横に振っている。


 政務が忙しくて一緒に訓練できなかった時間が長かったから、さみしがっていたのか?


 もしそうなら、ストレス解消に付き合うのも悪くはない。


 橋の警備という重要な仕事を任せるんだし、モチベーションを上げてもらおう。


「この俺がやられっぱなしで終わるはずがないだろ。すぐに逆転してやる」


 仰向けになりながらグルグルと時計のように回転し、隙を見ては腰を浮かしてひっくり返そうとする。


 俺が本気で動いたことによって、アデーレも相当な体力を消費したようで「はぁはぁはぁ」といった、息づかいが聞こえた。


 体はずっと密着しているし、良い匂いもする。


 反撃するため、必死に動いているのにかかわらず、女らしいところにばかり意識がいってしまうのは男の性なのか、それともまた本来のジャックが体の主導権を取りつつあるのか分からない。


「逆転なんてさせません。ジャック様が力尽きるまで私が押させます」


「体力なら師匠には負けない!」


「弟子に負けるほど弱くはありません!」


 ここまで言われたら絶対に負けたくない。


 さらに動きを激しくして抵抗すると、足の拘束が弱まった。


 一瞬の隙を突いて足の自由を確保。


 アデーレの体を挟もうとする。


「甘いですよ!」


 なんと隙を見せたこと、それ自体が作戦だったらしい。


 体を移動させて、アデーレは太ももで俺の顔や首を挟んだのだ。


 股が口と鼻を塞いで呼吸が苦しい。


「どうです? 降参しますか?」


 勝ち誇ったような顔で言われたが、諦めるわけないだろ。


 足を上げてアデーレの頭を挟もうとして体を丸める……が届かない。


 今度は腕を使おうとしたが、目の前が急に真っ暗になった。


 ずっと体を動かし続けて呼吸が荒くなっていたし、酸欠になったのかもしれん。


 力が入らず意識は遠のいて――アデーレから解放された。


「ガハァ、ゴフォ、ゴフォ」


 咳き込みながらも新鮮な空気を吸い込む。


 あと数秒遅ければ完全に落ちていた。


「今日の訓練はここまでですね」


「まだ……いける……」


「ダメです。休息も必要なんですから。その悔しさは次回の訓練でぶつけてください」


 そんな師匠らしいことを言われてしまえば反論はできん。


 仕方がない。


 今日の訓練は終わりにしよう。


「分かった。次は負けないからな」


「次も私が勝ちますから」


 ニコニコと機嫌が良さそうな笑みを浮かべて言われてしまえば、負けた悔しさなんて吹き飛んでしまう。


 体を動かしてストレスが発散できたのか、俺は穏やかな気持ちになっていた。

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