第115話 ご苦労。通常の業務に戻れ

 橋を見に行った数日後の朝。


 既に命令書は書き終えていて、今は念のため送った手紙の返信を待っている状態だ。


 明日には兵達が橋の警備に行ってしまうだろう。


 それまでは時間があるので、中庭でアデーレと剣の修行をしていた。


 左右から木剣が迫ってきたので後に跳んで回避すると、ヴァンパイア・ソードと同じ長さにしてもらった木剣を突き出す。


 タイミングは完璧だ。


 攻撃直後で動きが止まっているはず。


 確実に当たったと思ったのだが、アデーレは体をひねって避けてしまった。


 伸びきってしまった右腕に痛みが走る。


 木剣が当たって武器を落としてしまう。


「勝ちを急ぎましたね」


「師匠は全力で振ったと見せかけて、余力を残していたのか?」


「正解っ! 演技をして相手の攻撃を誘い、カウンターを入れたんです」


 右腕をさすって痛みをごまかしながら、自慢げに語っているアデーレの話を聞く。


「ジャック様の魔力量は多いですし動きも悪くありません。ですが、経験が浅いので簡単に騙されちゃうんです」


「確かにな……」


 右手に持った木剣の切っ先が動いたので身構えたら、実は罠で左の木剣が横っ腹を叩く。


 みたいなフェイントは、何度もアデーレにされた。


 一瞬で見極めるのが難しく体中に痣ができてしまうほどの威力で、毎回、痛みに悶えている。


 今日も右腕は真っ赤に腫れていることだろう。


「痛みで覚えるしかないんです」


 左右に手に持っていた木剣を捨てると、アデーレは俺の前に立つ。


 先ほど叩いた右腕を見てケガの確認を始めた。


「骨は大丈夫そうですが、念のため六級ポーションを飲んだ方が良いと思います」


「効果は微妙だが、そこそこ高いんだぞ?」


 軽いケガしか治せない回復ポーションではあるが、錬金術師が手間をかけて作っているのは変わらない。


 平民はここぞというときに使う一本だし、今の俺も似たようなものだ。


 外敵の排除と領地改善に金を使いたいから、気軽に仕える物ではないのだ。


「ですが、ジャック様の代わりはいません。常に万全の状態にしてほしいのです」


 訓練の手は抜けないが、護衛や家臣の立場からすると守りたいというジレンマがあるようだ。


 訓練中の激しい態度とは違って、今は申し訳ないといった態度をしている。


「この痛みと、しばらく残る痣は、俺が未熟である証拠だ。戒めとして残しとく」


 俺だってさっさと治したいが、今は少しでも節約したい。


 特にこれからデュラーク男爵と戦うかもしれないので、回復ポーションの在庫は減らしたくないのだ。


「ジャック様……」


 意見を曲げないと分かってくれたようで、名前を呼ぶだけで抗議はなかった。


 持ってきていた安い塗り薬だけをつけて包帯を巻いていると、メイド見習いが近寄ってくる姿が視界に入る。


「お手紙を持ってまいりました」


 受け取って封蝋を確認すると、返信を待っていた人物――勇者セラビミアからだというのが分かる。


 中を開けて手紙を読む。


 依頼していた”緑の風”の派遣を快諾する内容だ。


 最後に”私が原因で迷惑かけちゃったから特別だよ”と書いてあった。


 セラビミアが動いたせいで領地が狙われたと、嫌みったらしく書いたかいがあったな。


「ご苦労。通常の業務に戻れ」


「は、はいッ!」


 ルミエの脅しが利いているのか、緊張した声で返事したメイド見習いは逃げるようにして去って行った。


 ふと、女を近づけないために脅していたのか? と思ったが、確認する必要は無いだろう。


 無防備な女がいたら、本来のジャックが体の主導権を奪おうとしてくるかもしれないからな。


 遠ざけるぐらいが丁度いい。


「明日から橋の警備が始まるな。注意してもらいたいことがある。今から伝えるので忘れないように」


 アデーレは無言で頷いて話を待つ。


「いつくるかは分からんが、ほぼ間違いなくデュラーク男爵からの嫌がらせがあるだろう。可能性として最も高いのは私兵の派遣だ」


「なぜデュラーク男爵は私兵を派遣するんですか?」


「借金まみれのアイツは、橋を修繕して物と人の行き来が活発になったジラール領を破滅させるほどの余力は残っていない。残された時間すら少ないのであれば、強引な手を使って俺を攻撃しよとするだろう」


 裏工作なんて金と時間がなければできない。


 直接的な攻撃を仕掛けてくるのは間違いないし、そのためには私兵が必要になる。


 臨時で雇った冒険者だと、後で口裏を合わせるのが難しいからな。


「川の向こう側にあるデュラーク領から攻撃してくるだけなら守りに徹しろ。ジラール領に一歩でも入ってくるようなら、遠慮なく斬り殺していいからな」


 あくまで領土を越えて攻めてきたのはデュラーク男爵という事実を作らなければ、王家や他貴族が 何を言ってくるかわからない。


 防衛しつつ、一線を越えたら潰すという対応が最善なのだ。


「後手に回ってしまいますが、よろしいですか? もしかしたら私兵に被害が出るかもしれません」


「敵兵を見つけたら工事を中断して全員後ろに下げるんだ。それでも被害が出たら、仕方がないと諦めよう。死者が出たとしてもデュラーク男爵を潰せるならお釣りがくるレベルだからな」


「そうなんですか……? 私にはよく分かりませんが、ジャック様の言うことを信じます」


 まぁ現場レベルであれば、その程度の理解でも充分な仕事はできるだろうから問題はない。


 勇者セラビミアに文句を言って助っ人を頼んだのだから、どうとでもなるしな。


 俺はそれだけの準備をして、デュラーク男爵を潰そうとしているのだ。

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