第114話 酒と女に溺れて遅れただと?
ジラール男爵に派遣していた使者が、予定より三日も遅れて戻ってきた。
送り出すとき、さっさと戻ってこいと言っていたのにもかかわらず、こいつは無駄な時間を浪費したのである。
ただの使者にジラール男爵が費用をかけて接待するとは考えにくいので、こいつは何か情報を漏らしたはずだ。
もしくは、何らかの裏取引をしたか。
長らく俺に仕えていたから大事な仕事を任せたというのに、裏切りやがって!
絶対に許せない!!
「酒と女に溺れて遅れただと?」
イライラが収まらない俺、エリック・デュラークは、魔力を開放して目の前にいる若造の腹を蹴り上げた。
血を吐き出しながら体が天井近くまで浮かぶ。
地面に落ちると腹を抱えて悶えている。
「ちっ、生きていやがるか」
殺すつもりで蹴ったんだが、思っていたより頑丈だ。
生意気にも若造は魔力を開放して体を守ったのだろう。
そんなことしても苦しむ時間が長引くだけで、死ぬことには変わりない。
今度は頭を踏みつけようと思い、足を上げる。
「恐れながら申し上げます」
ドアに控えていたメイドのメディアが口を開いた。
胸がデカくて従順だから俺のペットとしてもかわいがっている、お気に入りの女だ。
珍しく意見があるようなので興味が湧いた。
「何だ?」
「この場でデトレフを殺されてしまうと、お部屋が汚れてしまいます。もし処分されるのでしたら、外の方がよろしいかと存じます」
……確かに若造を踏みつければ気分は晴れるが、俺の部屋が血で汚れてしまうな。
少し前までだったら気にせずに絨毯を買い換えただろうが、今は金がない。
屋敷の家具や宝物庫に眠っていた宝石のいくつかを売って商人達への借金は返済したが、ベルモンド伯爵の分は残っている。
にっくきジラールを殺すまでは、血に濡れた絨毯の近くで仕事することになるのか。
静かに足を降ろす。
「牢にぶち込んで拷問させろ。ジラール男爵との取引内容を聞き出すんだ」
小さく頷いたメディアは若造の足を引っ張りながら部屋から出ていく。
拷問に耐えられないだろうし、二度と外には出られないだろう。
これで部屋にいるのは俺だけになった。
最近手に入れた安物の椅子に座ると、ギシッと音が鳴った。
立て付けも悪くガタガタと揺れる。
少し前までは魔物皮を使った特注の椅子だったのだが、借金返済のために売ってしまったのだ。
屋敷内に働く人も半数は首にしてしまい、周囲は寂しくなっている。
どれもこれも、ジラールがさっさとくたばらないからいけないのだ。
あの領地には勇者が狙うほどの財宝が眠っているのだから、素直に明け渡せばいいものを。
「ベルモンド伯爵への返済期限は半年、王家は七カ月後だ。今すぐにジラール領を手に入れても、財宝を探すのに数カ月かかると考えれば、時間はない」
元から手段なんて選んでなかったが、さらに過激な方法をとるしかなさそうだ。
協力してくれていたベルモンド伯爵や王家は、なぜか動きが鈍くなってしまったので俺がやるしかない。
「デトレフを牢獄に入れておきました」
タイミング良くメディアが戻ってきたので、命令を出す。
「兵長のスティペを呼んでこい」
「かしこまりました」
すぐにメディアが部屋から出ていったので、すぐに命令書の作成作業に入る。
ガラスで作ったペンを持つと、インクを付けて羊皮紙に文字を書き込んでいく。
橋を修繕するという目的で、ジラール男爵が俺の領地近くに人を集めている。
それを偵察と監視をしてこい、といった内容だ。
書き終わると、最後に俺が書いたと証明するデュラーク男爵の印璽をして、丸めて紐で止める。
「エリック様、お呼びでしょうか!」
透き通るような男の声がした。
執務室の入り口を見ると、金属製の鎧を着たスティペが立っている。
髪は短く顔に斬り傷がいくつもあり、一目で戦士だと分かるがっちりとした体格をしている男だ。
俺の私兵をとりまとめている兵長で、一緒に悪巧みをしている仲でもある。
声に反して内面は濁り、真っ黒だ。
「先ずはこれを読め」
書いたばかりの命令書をスティペに渡す。
文字を読むが、すぐに顔を上げて俺を見る。
「本当の目的は、偵察と監視ではありませんね?」
察しが良いので機嫌が良くなり自然と口角が上がる。
賢い男は好きだぞ。
「もちろんだ。命令書は建前でしかない」
橋の修繕をしている川を境にして俺とジラールの領地を分けているのだが、あんな何もないところに金をかけるつもりはなかったので、放置していた。
だがジラール男爵は俺に話を通さずに修繕を始めたので、勝手に領地を侵犯しようとしていると言って、攻撃を仕掛ける予定だ。
我ながら完璧な計画に笑いが止まらないッ!
「川を越えそうになったら不法侵入だと言って捕まえろ。抵抗するようであれば、その場で殺してもいい」
俺の許可なく領地に入ろうとする平民は犯罪者だからな。
正規の手続きをしないのであれば、殺したって誰も文句は言えない。
領主の特権である。
「よろしいので? 下手をしたらジラール男爵と戦うことになりますが?」
「いまさらだろ。戦争を前提にちょっかいを出していたんだからな」
「そうでしたね」
俺が何を言うか分かっていたようで、スティペは笑顔だった。
ヨンと違って悪巧みの話が通じるので楽だな。
こいつに年頃の娘がいたら、ジラール男爵に送りつけて罠にかけてやったのに残念である。
「向こうが橋を渡ってこなければ矢でも放って挑発しろ。それでも動きがなければ、川を越えてでの攻撃も許可する」
平民が何を訴えてこようとも、証言なんてねつ造できるからな。
証拠だって虐殺した後に消せば良い。
要は、勝てば思い通りにコントロールできるという訳だ。
兵に被害が出たら賠償金を訴えても良いだろう。
全てを手に入れるまで諦めないからな。
ジラールの若造は俺の手のひらで踊って死ね!
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