第113話 いつ完成する?

 ヒルデとの面談してから数日が経過している。


 デュラーク男爵の使者は、四日もかけて食事と女を楽しんでから帰っていった。


 日程調整の話もしたし、順調に進んでいる。


 ユリアンヌの方は花嫁修業が始まっていて、私兵の訓練に出ていない。


 ダンスや礼儀作法、刺繍、化粧などを習っており、ずっと屋敷に引きこもっているのだ。


 貴族の子女として最低限の知識を覚えてからじゃないと、話は聞かないと伝えているので頑張っているはず。


 時折、ヒルデとケンカするような声は聞こえるが、あえて触れないようにしている。


 俺を見たら絶対に甘えてくるからな。


 面倒な話になるのが分かりきっているので、ユリアンヌに会うという選択はしない。


 今は状況が動くまで完全に待ちの状態であるので、この間に領地復興を進めることにしよう。


◆◆◆


 グイントに案内されて、俺とアデーレは第一村の近くにある川を見ていた。


 目の前には半壊した橋があって、仕事にあぶれた領民が木材を運んで修繕している。


 所謂、公共事業というやつで、インフラ回りの仕事を与えてやり、報酬を受け取った領民が金を使って領内が潤う計算だ。


 今までは金がなくてできなかったことだが、セシール商会を潰したおかげでようやく着手できたのである。


「いつ完成する?」


 坊主頭にタオルを巻いている現場監督に声をかけた。


「おお。こりゃぁ男爵様じゃねぇですか。天候さえ良ければ三週間程度で終わりますぜ」


 歯並びが悪く全身に汗をかいていて、体臭がここまできている。


 鼻の良いアデーレは顔を歪めながら数歩下がっていたが、俺は逆に笑顔で一歩前に出た。


 ここで嫌な顔をしてしまえば、領民の印象が悪くなるからだ。


 同人ゲーム内のジャックは味方を作らず、周囲にケンカを売るようなことばかりしていて破滅していたので、同じ道を辿らないようにと注意をしていた。


「思っていたより早いな。予定通り終わるなら、特別報酬を出してやろう」


 従順な領民でいてもらうためには、時には飴も必要である。


 この前、討伐した野盗の一部は、仕事がないからしかたなく他人から物を奪っていたという報告も聞いているので、追加報酬を与えようと考えたのだ。


 ヤツらは酒や女に金を使い、一部は税金で奪い取るので、渡した半分ぐらいは俺のものになる。


 少しだけ貴重な金を預けているという感覚だった。


「こりゃぁ、ありがてぇ! みんな喜びますぜ!」


「喜ぶのは構わんが、手を抜くなよ。一年以内に橋が壊れたら現場責任のお前は処分するぞ。きっちり、丁寧な仕事をするんだな」


「もちろんでぇ! 完成すれば一年と言わず十年はもつぜ!」


「それなら問題ない。お前の働きに期待している」


 肩を軽く叩いて激励してから、現場監督の男から離れる。


 声が聞こえなくなる距離まで移動すると振り返り、付いてきたグイントとアデーレに話しかけることにした。


「あの橋が完成すれば、行商人はジラール領に訪れやすくなる」


 特にデュラーク領からくる行商人や冒険者、巡礼者などは移動時間が短縮できるので必ず使うだろう。


 不足しがちだった物品の補充が容易になるだけではなく、外部の人たちが領内に金を落とせば経済は活発化するので、俺たちにもメリットがある。


 だからこそ懸念点も多い。


「数日後に命令書を渡すから、アデーレは俺の私兵を十人連れてここを警備しろ」


 真っ先に考えられるのはデュラーク男爵の嫌がらせだ。


 夜に私兵を派遣して破壊してくるかもしれないので、完成が近くなったからには警備を強化しなければならん。


「わかりました! 派遣するメンバーは私が選んでも良いですか?」


「兵長のルートヴィヒと相談して決めてくれ」


 アデーレは新兵を鍛える教官という立場だ。


 派遣する兵を決める立場ではないので、ちゃんと話を通しておかなければならない。


 面倒だと手順をスキップしてしまえばアデーレの影響力が強くなりすぎてしまい、ルートヴィヒの立場が危うくなる。


 将来的にはジラール軍にしたいと思っているので、今から上下関係はしっかりと叩き込んでおきたいのだ。


「次に、グイント」


「何でしょうか?」


「デュラーク領について新しい情報はないか? 特に借金について聞きたい」


 つい先日まで偵察に出ていたグイントであれば、何か知っていると思って質問した。


「酒場で聞いた話ですが、屋敷内の物を商人に売ってお金を作っているらしいです」


「それは確かなのか?」


「デュラーク男爵の屋敷から、荷物を満載した馬車が数台出て行くのを見た人が何人もいるそうです。ほぼ間違いないかと」


 本当であれば、商人からしていた借金は屋敷内の物を売って返済したことになる。


 これで全ての借金がなくなったのであれば、デュラーク男爵は期限を気にしなくて済むが、俺の計算に間違いなければ金貨数千枚程度の残債はあるはず。


 屋敷の物を売るのは最終手段だ。


 今は本当に余力が無いはずなので、起死回生の一手を打ちたくなる頃だな。


 追い詰められた人ほどバカなことをする。


 その隙を突いて自滅してもらおうじゃないか。


 デュラーク男爵の死ぬ未来が見えて自然と口角が上がってしまう。


 いかん、いかん。


 まだ潰したわけではないのに、勝った気分になってはいけないな。


 この目で破滅する姿を見るまでは油断しないようにしよう。

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