第105 お前は……冒険者か?

 ジャック様の命令を受けて、五人の私兵を連れて山の中を歩く。


 わずかに残った匂いや足跡、音などを頼りに山賊の住処を探している。


 第一村を襲ったヤツらは自分たちが襲われるとは思っていないようで、痕跡を隠すようなことはしていない。


 獣を追跡するよりも楽に進められそう。


「傷女より早く仕事を終わらせる」


 一緒に連れてきた私兵が頷いた。


 特に念入りに鍛えたこともあって、私の命令には忠実だ。


 山賊たちに負けない実力だって持っている。


 傷女が鍛えた兵より使える自信があるから、絶対に私の方がジャック様に貢献している!


 このお仕事が終わったらご褒美として、抱き着いて、匂いを嗅いで、一緒に寝ていいか聞いてみよう。


 絶対に許してくれるから、既成事実を作るために服を脱いでからベッドにもぐりこんで――。


「アデーレ様、音がしました」


 考え事をしていたら聞き逃していたみたい。


 私より先に私兵が異変に気付いたので、立ち止まってから目を閉じて、音を拾うために集中する。


 私兵の息遣い、木々のざわめき、鳥の鳴き声、山にはいろんな音があるから不要なものを遮断していく。


 残ったのは土や草を踏む音。


 しかも二足歩行の生き物だ!


 村人は山の立ち入りは禁止されているので、私たち以外に歩く人がいるとしたら魔物か山賊に限られる。


 今度はクンクンと鼻を動かして臭いをかいでいく。


 何日も風呂に入っていない獣臭い人のものだ。


 魔物だともっと血の臭いがするので間違いはない。


 村人の大切な財産を奪い取っている悪い山賊が、この先にいるっ!


「場所は特定した。進むよ」


「どこまでも付いてまいります」


 そう言って私兵の一人が近づいてきた。


「止まりなさい。それ以上は、こないで」


 山賊を取り逃がさないようにするために必要だから連れてきただけ。


 ジャック様以外の男が近くにいるだけで嫌なのに、私に触れようとするだなんて少し勘違いしてるのかも。


 立場をわきまえるよう、ちゃんと教育してあげなきゃね。


「私に触れたら、斬る」


 伸びていた手が、ピタリと止まった。


 大切にされている私兵を勝手に斬るなんてしないけど、脅しとしては有効だったみたい。


 でもなんで、怒られたのに嬉しそうな顔をしているの?


 他の私兵たちは羨ましそうにしているし、この人達の考えが分からず、少し怖いと思ってしまう。


 けど、そんなことは表には出さない。


 弱みを見せたらつけ込んで、迫ってくるのが男の性だと知っているから。


「後を付いてきなさい」


 感情を押し込めて歩き出す。


 山登りは慣れていることもあって順調に進むけど、野盗の臭いは近づかない。


 どうやら移動しているみたいだね。


 アジトを突き止めたいから一定の距離を保って追っていると、洞窟が見つかった。


 見張りはいないから無人に見えるけど、暗い穴の奥から野盗の濃い臭いが漂ってくるので、アジトなのは間違いなさそう。


「皆はここで隠れて。野盗の仲間がきたら殺していいよ」


「アデーレ様は、一人で入られるのですか?」


「うん。あの程度に負ける私じゃない」


 私兵はまだ何か言いたそうだったけど、無視して洞窟の中に入った。


 壁にランタンのような明かりが付けられているから、視界は確保できている。


 視界は問題ないけど……臭い、すごく臭い。


 鼻が曲がっちゃいそうなので布を口に巻いてから奥に進むと、錆の浮いた剣を持つ男が二人いた。


「貴方たちは野盗?」


「お前は……冒険者か? ちっ、討伐に来るのが早すぎる!」


 剣を向けて攻撃をしてきたので、ジャック様からいただいたヒュドラの双剣を抜いて、すれ違いざまに斬りつける。


 首がぽろっと落ちて血が吹き出ると、二人とも倒れた。


「弱いくせに、ジャック様の領地を荒らすから死ぬことになる。暴れるならデュラークのところにすれば長生きできたのにね」


 洞窟の奥に向かって再び歩きだす。


 この後も野盗が何度か襲ってきたけど本当に弱くて、一振りするだけで、みんな死んじゃう。


 ジャック様と一緒に戦って私も強くなった。


 雑魚に負ける気はしない。


 洞窟の最奥と思われる場所にたどり着くと、不快な臭いがした。


 小さな広場には裸の男が十人、床には息絶えた裸の女性が一人いた。


 第一村から人的被害は出てないので、別の場所から攫って嬲り、殺してしまったと思う。


 師匠たちに襲われかけた記憶が蘇って、お腹の底から湧き上がる怒りが収まらない。


 魔力のコントロールができない。


 思考が止まる。


 獣が何かを叫んでいたけど聞く気にはならない。


 自然と体が動き、気がついたら辺り一面が血の海になっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息切れするまで人を切り刻んでしまったみたい。


 男だったものは原形を留めていない。


 血の海に肉片が浮かんでいる。


 死んでしまった女性は身元の確認ができるほど状態は良くないので、村に持ち帰っても迷惑になりそう。


 本当は埋葬してあげたいけど、土を掘るような道具なんて持ってきてはないから、それも難しい。


 道具を用意したら戻ってくるから。


「少しだけ待っててね」


 死んでしまった女性に呟いてから洞窟から出る。


 入り口で待機していた兵の足下には、野盗と思われる死体が三つあった。


 結構、大規模な集団だったんだ。


 もしかしたら有名な野盗だったのかもしれない。


 後でジャック様に報告しようかな?


「こいつらが最後です。残りはいないと聞いています」


 死体をよく見ると拷問の後があったので、本人から聞き出したみたい。


 ジャック様から、ケヴィンさんに拷問の技術を学んだ私兵もいると聞いていたから、その人がやったのかな。


 全員殺したのであれば仕事は終わり。


 帰ろう。


 あの傷女より早く仕事は終わっただろうし、頑張ったご褒美としてジャック様にいっぱい甘えたいな。

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