第106話 護衛として必要なので

 アデーレとユリアンヌを見送ってから、第一村で優雅な時間を過ごしていた。


 村長の家はみすぼらしく俺にはふさわしくなかったので、特別な天幕を作らせてソファに座りながらワインの瓶を五本も開けている。


 他人に働かせて飲む酒は美味いなッ!


 今回の仕事は『悪徳貴族の生存戦略』でいえばフリークエストの部類に入るので、私兵はともかくあの二人が死ぬようなことはないだろう。


 おれは吉報を待っているだけでいいのだ。


 気分が良いので、もう一本開けいようとワインのボトルに手を伸ばす。


「少し、飲み過ぎではありませんか?」


 天幕内で待機しているルミエに突っ込まれた。


「待っているだけの仕事だ。頭は使わないし、別にかまわんだろ?」


「報告を受けて判断されるのがジャック様のお仕事です」


「酒で誤った判断をする、とでも言いたいのか?」


「それも心配でなのは当然として、他にもございます」


 だったら何が言いたいんだ?


 真意がわからないので言葉を待つことにする。


「ジャック様は少し前まで、お酒を飲まれると女性を無理やりベッドにお連れしておりました」


 ジャックの肉体を乗っ取る前の話だな。


 ルミエが言う通り本来のジャックでだったら、酒を飲んでその後は女とベッドでよろしくやっていただろう。


 俺にとっては昔のジャックは別人だが、他人からすれば同一人物だ。


 悪いクセが出てくるんじゃないかって心配しても不思議ではない。


「酔いが回って我慢できなくなり女性に手を出し……そんな姿をユリアンヌ様やアデーレさんに見られたらと、心配しております」


 余計な心配をするなと言えればいいのだが、ルミエの懸念は外れてはいない。


 意思に反して体が女を求めているのだ。


 肉体に残ったジャックの残滓なのかわからんが、ヤらせろと叫んでいるようにも感じる。


 今はまだギリギリ理性が欲望を抑えているが、もう一本飲んでしまえば、第一村にいる村娘を捕まえて相手しろと命令するかもしれん。


 そんなことをしてしまえば、アデーレやユリアンヌは何をするかわからんぞ。


 ルミエだって俺への好意はなくなってしまうだろうし、失うものが多すぎる。


 本来の性格をねじ曲げて行動している影響が、こういった所に出てしまうのは困るな。


「……お前の言うとおり、少し飲み過ぎたな」


 伸ばしていた手を引っ込めた。


 ルミエを見ると、先ほどまで無表情だったのが、今は柔らかく微笑んでいる。


 忠告を無視して酒を飲んで暴れ出したらどうしよう、なんて心配をしていたのか。


 ったく、あの二人みたいにもう少し自己主張してくれてもいいのに。


 控えめなのは美徳なのかもしれないが、俺には物足りない。


 昔からずっと側にいて専属メイドとして仕えているんだから、もっと積極的になって親密な関係になろうじゃないか。


 ん? 俺は今何を……。


「ルミエ、近くに来い」


 俺の意思とは反して口が動いた。


 体の奥底から別の人格が出てこようとしている気配を感じる。


 もしかしなくても、これはジャックだ。


 完全に乗っ取ったと思ったのが、実は残滓みたいなのが残っているのか?


 俺から体を奪うチャンスをうかがっていたようである。


 第三村で酒を飲んだときは、気分が良くなっただけだったので油断した。


 まさかヴァンパイア・ソード以外に、俺の意識を乗っ取ろうとする存在があるとは思わなかったぞ。


「かしこまりました」


 隣にルミエが立つと俺の腕が伸びて尻を触った。


 嫌がる様子はなく、手を頬に当てて少し照れているような、もしくは弟のいたずらに困っているように見える。


 手を離せと俺が命令を出しても、ジャックが反発する。


 俺から肉体の主導権を奪って何をするかと思ったら、女のケツを触るのかよ……。


 ゲーム上では女好きで有名であったが、ここまでだとは思わなかった。


「ユリアンヌ様が悲しみますよ?」


 ルミエの言う通りである。


 こんな姿は見せられない。


『貴族であれば妾の一人や二人いても不思議ではない。多少悲しむだろうが、貴族の妻となるのであれば受け入れろ』


 そんな声が聞こえてきたので、残った理性を総動員してねじ伏せる。


 だまれ! お前の体は俺のものだ! 大人しく寝ていろ!


 わずかな反発を感じたが、それだけで終わる。


 ケツを触って満足したようで今回は大人しく引き下がってくれたようだ。


「旦那様! 仕事を終えてきました!」


「私の方が早く終わらせましたよ!」


 体の主導権を奪い取った直後、アデーレとユリアンヌが天幕に入ってきた。


 ケガはしてないようで二人とも元気である。


「ご苦労。結果を聞かせてくれ」


 と言えば、我先にと報告してくれると思ったのだが、笑顔が憤怒の表情に変わったまま動かない。


 なにがって……あ、ルミエのケツを触ったままだった!


「旦那様……この状況を説明してもらえませんか?」


「護衛として知る必要があるので、ルミエさんとの関係をご説明してください」


 怒りによって魔力が暴走しているようで、二人の全身から殺気が放たれている。


 髪の毛がふわりと浮かんでおり、周囲の空間まで歪んでいるように見える。


 今回は本気でヤバそうだ。


 悪いことというのは、高確率で当たるから困る。


 とりあえずケツから手を離す。


 どうやって言い訳するか考えていると、ルミエが歩いて二人の前に立った。


「落ち着いてください。ジャック様のいたずらに過剰反応しすぎですよ」


 どうやら俺の失敗をフォローしてくれるみたいだ。


 何か考えがあるんだろうし、ここは見守ることにしよう。


 決して、二人にビビっている訳じゃないからなッ!

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