第98話 旦那様、父様を監視していたのですか?
「ジャック様との約束を守るために動いておりました」
「具体的には何をしていた?」
「奥様をジラール領に移住させる準備です。他にはデュラーク男爵と言い合いをしたという噂も聞いております」
心配していたような裏切りの兆候はなかったようだ。
「デュラーク男爵との争いの内容は?」
「分かりませんが、開拓村を守ることを理由にして僻地への移住命令がでたことから、デュラーク男爵の不興を買ったんだと思います」
ヨン卿ほどの騎士を重要な村や町に配置するのではなく、いつ魔物に滅ぼされるか分からない開拓村に派遣するとは。
相当な言い合いをしたことだろうことは容易に想像がつく。
恐らく、ジラール領を攻め込んだとこについて強く抗議したんだろう。
「その情報で十分だ。よくやったな」
調査報告に満足していると、ユリアンヌがアデーレから離れて俺に近づいてきた。
デスクに手を置いて俺を見ている。
「旦那様、父様を監視していたのですか?」
俺がヨン卿を裏切るかもしれないと警戒していたことに、疑問を感じているみたいだ。
家族愛が強いことは悪くないが、他人を信用しすぎてはいけない。
俺の妻になるのであれば、用心深くなってもらわなければ困るな。
「デュラーク男爵の言いなりになって、我が領地を襲おうとしたんだ。完全に信用できるはずがないだろ」
「……っ!!」
当然の指摘をしたら、反論できずに口を閉じた。
アデーレが嗤いながら煽ろうとしたので、睨みつけて動きを止める。
今は遊びの時間ではないのだ。
「違うか?」
「……その通りです」
考えが至らなかったことに反省している様子である。
家族を疑ったことに怒るのではなく、俺のことを理解しようと努力していることに、ほんの少しだけ好感を持った。
言いすぎたとは思わないがアデーレとの関係を考慮すると、多少はフォローするべきだろう。
あの二人は拮抗している状態が良いのであって、片方が圧倒的な勝利を得てはいけないのだ。
「だが余計な不安だったな。約束を守るだけでなく、仕えている男爵家にまで抗議しているとは思わなかった。素晴らしい父親だ」
デスクに置かれた手を優しく触り、ユリアンヌに顔を近づける。
「その血を継いでいるユリアンヌ、君のことも信じている。これからも俺と一緒にいてくれるか?」
信じてるなんて言ったが、ユリアンヌがいつ裏切っても大丈夫なように準備を進めている。
母親をこの屋敷に住まわせることも、そのうちの一つだ。
ヨン卿だけでなく、ユリアンヌが裏切るような動きをしたら、母親を使って脅すつもりである。
婚約者ですら信用できない状況に少しだけ寂しさを感じるが、俺は裏切りに気づける男ではないので、保険に頼る性格は変えられない。
「もちろんですっ!」
先ほどの不満そうな顔は吹き飛んで、今は嬉しそうにしている。
この女、本当にチョロいな。
俺以外の悪い男に騙されないか心配になってきたぞ。
「ジャック様! 私だってずっと一緒にいます! どんな命令だって従いますからっ!」
我慢できなくなったアデーレがユリアンヌの隣に立つと、空いている俺の手を握ってきた。
相変わらず忠誠心が高くて安心する。
俺の懐刀と言っても過言ではないので、これからも変わらず付いてきて欲しい。
そのためであれば、手を握らすことぐらい許そう。
「もう、僕は戻っても大丈夫ですか?」
俺が女とイチャイチャしているとでも思ったみたいで、恥ずかしそうにしているグイントが遠慮がちに言ってきた。
別に帰ってもいいのだが、グイントもこれから俺のために働いてもらわなければ困る。
保険を少しかけておくか。
「いや、少しだけ話したいことがある。こっちにこい」
「はいっ!」
何を言われるのか分からず緊張しているようにも見える。
手を握っている二人にはない、初々しさが良いな。
デスクの前は埋まっているので、グイントは回り込んで俺の隣にまできた。
「祖父の状態はどうだ?」
「おかげさまで元気にしておりますが、少しだけ問題が……」
「何があった?」
「第四村に住みたいと言ってるんです。危険だと言っても聞いてくれなくて」
グイントの祖父は、妻の故郷で骨を埋めたいとか考えているんだろう。
その気持ちは分かるが、孫は魔物に襲われたことを考えて不安で仕方がない、といった状況か?
これは使えるな。
金でも渡そうと思ったのだが、別の方法で保険をかけよう。
「確かに魔物は恐ろしいな」
「そうなんですっ! また襲ってきたらと考えたら、怖くて……ジャック様、何とかなりませんか!?」
「……グイントの願いであれば叶えてやる」
少し考えるような素振りをしてから、結論を伝える。
「第四村に兵を派遣して、村を守らせよう」
兵を派遣するのにも金がかかるので本当はしたくはないが、グイントが大人しく従ってくれるのであれば、やる価値はある。
「ありがとうございますっ!!」
決断を聞いたグイントは飛び跳ねながら喜んでいた。
俺も保険が一つ追加できたと満足していたら、黒い靄が視界に入る。
くそ! 逃げなければと腰を浮かしかけたのだが、両手をユリアンヌとアデーレに握られているため動けない。
「うぁぁあああ」
着地した瞬間に足をくじいたのか、グイントが俺に覆い被さってきた。
女に見える顔……いや、唇が近づいてくる。
このままだとキスしてしまうのだが、俺は何故か受け入れてしまうような気持ちになっており、動けない。
もうすぐで接触する。
そう思っていたら、グイントの頭が鷲づかみされた。
「いたい、いたいですーーっ!」
怒りの形相をしたユリアンヌがグイントの頭を持ち上げる。
「悪い子にはお仕置きが必要ですね」
双剣を抜いたアデーレが近づいていた。
視線はグイントの股間に固定されていて、これから何を切り落とそうとしているのか分かってしまう。
流石にこれは可哀想だろ!
「二人とも止めるんだッ!」
俺の叫び声を聞いて部屋の外で待機していたルミエが入ってきた。
「アデーレを止めるから、その間にグイントを助けろ!」
「か、かしこまりました!」
今の状況なんて理解できていないだろうが、命令に従ってユリアンヌに駆け寄っていった。
アデーレは俺が取り押さえたので、これでグイントは大丈夫だ。
早めに黒い靄の正体を突き止めないと、体が保たんな。
借りを作るのは嫌だし無視されるかもしれないが、詳しそうな勇者セラビミアに情報提供を依頼してみるか。
そんなことを考えていた。
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第二章はこれで終わりです。
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