第97話 正々堂々とこの女を潰してみせます

 セシール商会やヨン卿との話し合いが終わった数日後、俺は執務室にアデーレとユリアンヌを呼び出していた。


「兵舎の訓練場で暴れたらしいな」


 足を組みながら人差し指で机とトントンと一定のリズムで叩き、俺が非常に苛立っていると伝えると、正座をしている二人は言い訳を始めた。


「双剣を使って兵をイジメているところを見たので、助けただけです!」


「違います! 兵を鍛えていたら短槍で攻撃してきたんです。脳筋女との婚約は考え直してもらえませんか!?」


「なんだって! そっちこそ、味方を傷つけるような駄犬じゃない! ジャック様の大切な兵を殺してしまう前に、護衛を辞退したほうが良いじゃないかしら?」


 プチンと何かの切れた音が聞こえた。


「「この気狂い女がッ!」」


 二人とも同じ言葉を口にしてから取っ組み合いを始めた。


 さっきまで涙を目にためて俺を見ていたのだが、今は鬼の形相といった感じで髪を引っ張っている。


 もう少ししたら殴り合いを始めるだろう。


 俺の目の前で物理的な攻撃まで許してしまえば、誰も止められなくなる。


 お前たちの主人が誰なのか、思い出させてやる必要があるな。


 指の動きを止めてから魔力を開放する。


「静かにしろ」


 怒りに触れたと察したようで、二人はお互いの髪を掴みながら止まった。


 ゆっくりと首を動かして俺の方を見る。


 充分な間をとってから、ゆっくりと話し出す。


「競い合うのは許可しよう。俺のことを思ってケンカするのであれば、それも許す。だがな……」


 手のひらを目の前のデスクに叩きつける。


 バンと大きな音がなって空気が振動した。


「お互いの足を引っ張りあうことは許さない」


 競争というのは、お互いを高めあうために必要な行為だ。


 それが本来あるべき姿なのだが、相手が一人で脱落すれば苦労せずに勝利できるという思考になる場合もある。


 スポーツでいえば妨害工作や審判の買収などが、それにあたるだろう。


 戦争や内戦であればルールを無視でもいいのだが、平時の時は正しく競い合ってもらわなければ困るのだ。


「わかったな?」


 カクカクと首を縦に振り、髪から手を離した二人は握手をした。


 今更だが、仲が良いですとアピールしたいのだろう。


「旦那様の近くに、この女よりも相応しい護衛がいることを証明しますね! 次の戦場では、駄犬より多くの敵を倒して見せます」


「傷女には無理ですね。ジャック様からいただいたヒュドラの双剣で、多くの敵を倒して見せます」


 どうやら二人ともお互いの発言が気にいらなかったようで、俺から視線を外して睨み合う。


「武器の性能に頼るなんて情けない話ですね。師匠失格では?」


「そっちこそ、戦場に出る婚約者なんて迷惑なんだから、さっさと辞退すれば?」


「「…………」」


 手に力を込めて握りつぶそうとしていらしく、手の甲に血管が浮かんでいた。


 アデーレとユリアンヌを手放すつもりなんてないのだが……。


 俺の言いたいことは半分も伝わってなさそうである。


「競い合った結果どちらかが負けたとしても、俺はお前たちを手放すつもりはないぞ?」


 勇者セラビミアやデュラーク男爵だけでなく、寄親として頼ってきたベルモンド伯爵まで俺の領地を狙っている。


 さらにルミエやケヴィンは裏切る可能性が高いこともあって、俺に付き従ってくれる二人は絶対にいてもらわなければ困るのだ。


 もちろんグイントも同様である。


「はい! 私はずっとジャック様の護衛でいますから! 安心してください!」


「私だって、つ、妻として頑張りますからっ!」


 アデーレは子供のような純粋な笑みを、ユリアンヌは少し恥ずかしながら言った。


 こいつら、何も分かってない。


 目眩がしてしまい手で頭を押さえてしまう。


 対抗心が強すぎるせいか、今は何を言っても歪んだ理解をしてしまうだろう。


 もう少し落ち着いたときに個別で話すべきか?


 妻に浮気されたような男には難易度の高い問題に悩んでいると、ドアがノックされた。


 気分を変えるにはちょうど良いので入室の許可を出そう。


「入れ」


 ドアがゆっくり開く。


 時間帯的にルミエが紅茶を持ってきたと思ったのだが、俺の予想は外れてグイントが入ってきた。


「失礼します」


 少し緊張しているのか声がやや高く、正体を知っているのに女性だと感じてしまう。


「仕事が終わったんで報告に来たんですが……」


 視線は、床に転がりながらも握手している二人に釘づけだ。


 突っ込みたい気持ちは分かるが、グイントに任せていた仕事の内容が気になるので無視してもらおう。


「かまわん。話せ」


「はいっ!」


 ドアを閉めると部屋の中に進み、俺の前で止まる。


「ヨン卿の動きに異変はあったか?」


 グイントに任せていた仕事とは、ヨン卿の監視だった。


 デュラーク男爵が俺の領地に攻撃を仕掛けてくるようであれば教えるような約束をしたが、その場しのぎの嘘である可能性は否定出来ない。


 何かと理由を付けて妻をジラール領に送る時期を遅らせたり、嘘の情報を俺に流すことだってあり得るのだ。


 義理堅い性格だとは思うが、それだけで安心出来るほど俺は甘くない。


 裏でこっそりと後を付けてもらってヨン卿がどのような動きをしていたのか、確認してもらっていたのである。


 その結果がようやく聞けるのであれば、アデーレとユリアンヌの争いなんて可愛いキャットファイトのようなものだ。

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