第96話 家族にも言えない隠し事の一つや二つ
「では、ユリアンヌの母が滞在できるよう、部屋を用意しておこう」
「問題ありません。娘共々、よろしくお願いいたします」
人質をとるというのに、頭を下げて感謝されてしまった。
話はこれで終わりだと思っていそうだが、実はもう一つだけヨン卿にやってもらいたいことがある。
前提条件は整ったので、そろそろ伝えるとしよう。
「家族がジラール領に来てしまうのであれば、ヨン卿も寂しかろう」
「寂しいと言われれば、確かにその通りでございます。晩酌しながら妻と話すのが人生の楽しみでございました。しばらくは辛い時間が続きそうですな」
おでこをピシャッと叩きながら、冗談めいたことを言いながら笑っていた。
少し警戒心が薄いというか、他人を信じやすい性格なんだろうな。
好感は持てるが貴族としてはダメだ。
人を信じすぎてしまうからこそ、俺みたいな悪い人につけ込まれる隙を生んでしまうのだ。
「だったら手紙を送れば良い」
「手紙、ですか?」
「そうだ。会話の代わりに晩酌をしながら手紙を書く。どうだ?」
平民が領地を行き来するような手紙は出せないが、貴族であれば可能である。
郵便局なんて便利な組織はないので、各地を行き来する行商人か冒険者に頼むしかないのだが、山賊や魔物に襲われて紛失なんて事故も起こりやすい。
だから貴族の場合、早馬に載せた兵に伝令のような形で郵便を任せることが多いのだ。
兵にケンカを売るような山賊はいないし、魔物が近くにいたら馬で逃げられる。
持ち逃げされる心配も少ないので一番信頼性が高い方法だ。
もちろん相応の金はかかってしまうのだが、セシール商会から奪い取った金を使えば解決である。
「考えたこともございませんでした」
「見知らぬ土地で過ごしている妻からすれば、ヨン卿の手紙は癒やしになるだろう」
「近いとはいえ他領ですし、そういった気遣いは必要でございますね。私には、こういった発想は出てこないので助かりました」
「家族なんだから隠し事なんてなしで、色々と近況を教え合うがいい」
「なるほど! ……そういうことですか」
家族にデュラーク男爵の動きを伝えろと言われていることに、ヨン卿はようやく気づいたようだ。
手紙を受け取れば、ユリアンヌは必ず俺にも伝えるだろう。
間接的にデュラーク男爵を裏切れとプレッシャーをかけていたのだ。
ヨン卿が妥協できるギリギリのラインだと思っている。
「家族にも言えない隠し事の一つや二つ、ジラール男爵もございますよね?」
「もちろんだ」
「それは私も同様ですし、騎士として守らなければいけない矜持は、ございます」
ちッ。
この頑固頭が!
少しは融通を利かせろよと言いたくなるが、そんなことができないからこそヨン卿が欲しいと思ってしまう。
世の中は上手くいかないものである。
とはいえデュラーク男爵の動きは把握しておきたいので、諦められない。
スパイでも潜り込ませることができればとも思うのだが、残念ながら人材がいない。
グイントを鍛えればスパイ活動は可能だろうが、不幸エロイベントのせいで失敗に終わってしまう未来が容易に想像できる。
それにグイントは暗殺者として育てたい。
裏切り者を闇に葬り去る汚れ仕事を担当してもらいので、スパイの技術を磨く時間はないだろう。
「ですが、ジラール男爵」
考え事をしていたらヨン卿に名前を呼ばれたので、視線を向ける。
随分と思い悩んだ顔をしていた。
何を言い出すつもりだ?
「家族の安否に関わることであれば、先にお伝えできることもあるでしょう」
これは驚いた!
表情に出てしまうほどの衝撃を受けている。
騎士と父親、両方の立場を天秤にかけたとき、父親が勝つと言ったのだから。
定期的にデュラーク男爵の情報が手に入ることはないだろうが、俺の領地が狙われるといった危機が訪れれば、ヨン卿が教えてくれることになる。
ヨン卿が提案してくれた妥協ラインなので、必ず実行してくれるだろう。
「家族は大切だからな。何かあれば遠慮なく手紙に書くがいい。私にとってもユリアンヌやヨン卿の妻は、大切な家族になる。協力は惜しまん」
協力するとはいっても、気軽に頼ってくる性格ではない。
このぐらいのリップサービスぐらいはしても良いだろう。
「不安もありましたが、ジラール男爵とユリアンヌが婚約できて良かった。感謝いたします」
「俺も今回の婚約を通じて、ヨン卿と強固な絆を作ることができて嬉しく思っている。許可を出してくれたデュラーク男爵には感謝せねばならん」
最後の一言は、この場にいないデュラーク男爵への嫌みだ。
お前がヨン卿をジラール領に滞在させる言い訳として、ユリアンヌを使ったのが裏目に出たんだから。
俺がデュラーク男爵の情報を手に入れるチャンスをくれて、感謝しているぐらいだしな。
「ジラール男爵の言うとおりですな。我が主、デュラーク男爵には感謝いたしましょう」
一斉に笑い声を上げた。
楽しいからでも、嬉しいからでもない。
少なくとも俺は、いつか痛い目にあわせてやるという意味を込めていた。
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