第95話 お断りいたします

「そんな大金……お父様に相談しないと決められない……」


「何を言っている? お前の父親は牢獄に入ってでてこれないぞ」


 目の前で見ていただろうに。


 自分の立場が理解できてない……いや、したくないのか。


 もう少しでデュラーク男爵の元で商売ができ、さらなる繁栄が約束されていたと思い込んでいたらしいからな。


「まぁ、嫌ならそれでいい。お前を処分してから、セシール商会を潰すだけだからな」


 デブ男を生かす理由はないので、この場で殺しても問題はない。


 ヴァンパイア・ソードを突きつけて反応を見る。


 全身が震えていて怯えていた。


 これなら俺の話を飲むだろ。


「どうする?」


 反応を待っていると、たっぷりと時間をかけてデブ男が呟いた。


「金貨五万枚を用意します」


「よろしい。先ずは一万枚を今日中に持ってこい。残りは一か月以内だ」


「そ、そんな!」


「できなければ殺す。監視役にアデーレをつけるから、逃げられると思うなよ」


 絶望した顔をしたデブ男だったが、俺に従うしか生き残る道はないので諦めてもらおう。


 逃げ出したり、セシール商会の者と共謀して裏切ろうとすれば、ヒュドラの双剣を持つアデーレに殺されて終わりだ。


 全ては予定通り進むだろう。


「ケヴィン、コイツとアデーレを連れてセシール商会の店まで行って、金貨一万枚を回収してこい」


「かしこまりました」


 優雅に一礼したケヴィンは、デブ男を肩に担ぐと部屋を出ていた。


 これでセシール商会の対処は終わりだ。


 続いてヨン卿と話し合わなければいけない。


「ヨン卿を連れてこい」


 応接室のドアで待機していたルミエが、去って行った。


 暇なので紅茶でも飲んで待っていると、私服を着たヨン卿が応接室に入ってくる。


 立ち上がって挨拶などはしない。


 歓迎していないと伝えつつ、相手の動きを待つ。


「この度は、釈明の場をご用意していただき感謝しております」


「挨拶はいらん。まぁ、座ってくれ」


 ヨン卿は文句など言わずに、俺の正面に置かれているソファーに腰を下ろした。


 目は鋭く、俺……ではなく、ヴァンパイア・ソードを見ているようだ。


 この場で斬り殺されるとでも思っているんだろうか。


 ヨン卿は丸腰なんだし、警戒する気持ちは分かる。


「義父になる男を殺すつもりはない」


 真面目な男が目を見開き、動きを止めたのが面白い。


 こんな顔をするんだなと新しい発見になった。


「デュラーク男爵にだまし討ちされるような形で、悪事に荷担したんだろ? それに断れば家に残した妻が危ない。だから依頼は受けて、ユリアンヌに殺されようとした」


「……そこまで分かっていらっしゃったんですね」


 俺の推測は全て当たっていたようだ。


 家族と仕事のに挟まれて苦悩したヨン卿の出した結論が、自分の命を使って全てを丸く収めることだった。


 俺はヨン卿のように、裏切らない真面目な男が好きだ。


 既に好感を持ってしまっているため、実利を抜きにしても生かしたいと思ってしまう。


「ヨン卿の動きはわかりやすかったからな。俺じゃなくても気づけただろう」


「なるほど……どうやら私は、役者には向いていないようですな」


 言い終わるのと同時に微笑んだので、俺も同じような表情を作る。


 渾身のギャグを無視するわけにはいかないからな。


「これから私をどうするので?」


 穏やかな雰囲気のまま、ヨン卿が聞いてきた。


 この場で処刑を言い渡しても受け入れそうである。


「俺の元で働かないか?」


「お断りいたします」


 即答だった。


 検討の余地なし、と伝えたかったのだろう。


 デュラーク男爵に忠義を尽くす価値なんてなさそうに思えるのだが、それは俺の基準で考えた場合の結論だ。


 騎士として仕えると決めたのだから、乗り換えるなんて考えられないのだろう。


 もし主人が道を外しそうになったら、命をかけて忠言する。


 そのぐらいはするだろうし、だからこそヨン卿を気に入ったのだが……。


 世の中上手くいかないものだな。


「そうか。では、話は終わりだ」


「よろしいので?」


 何らかの処分が下ると思っていたヨン卿に取ってみれば、俺があっさりと引いたのが意外だったんだろう。


「もちろんだ。簡単に主人を変えるような男だとは思ってないからな」


「ありがとうございます」


 俺が騎士として高く評価したことに対しての礼だろう。


 気にする必要はないと伝える意味で、小さく手を挙げてから話を続ける。


「そういえば、ユリアンヌは故郷が恋しいと言っていたな。見知らぬ土地で一人になって、不安になっているんだろう」


 急に話が変わってしまい、理解が追いついていないようだが無視する。


「家族が側にいれば少しは寂しさが薄れると思うんだが」


「……そういうことですか」


 まだ要望は伝えていないのに、ヨン卿は俺が何を言いたいのか分かったようだ。


 優秀な男だなと改めて思う。


「それでは妻をユリアンヌの側に置きましょう。ついでに花嫁修業もさせますか」


 笑いながら言っているが、デュラーク男爵と敵対している俺の屋敷に住まわせるということは、家族を人質に取られたようなものである。


 滞在を許可したのであれば俺を信じているか……もしくはデュラーク男爵が道を外しそうになったら、遠慮なく諫められると思っているかもしれんな。

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