第99話 ルートヴィヒから相談があるとのことです

 第三村、第四村の問題を解決した俺は、ジラール家にある書斎に訪れていた。


 天井にまで届く本棚は、部屋を区切る壁のように複数列ある。


 怠惰な両親が使っていたはずもなく、掃除はされていない。


 ホコリっぽいので窓を開けると新鮮な空気が入って、少しだけ気分が良くなったように思えた。


 初代ジラールや森の遺跡、ドライアドについて書かれた本を探すために、ゆっくりと歩く。


 本は隙間なく詰まっているので時間がかかりそうである。


 中腰になりながら探しているとドアの開く音が聞こえた。


「こちらにいらしたんですね」


 入室してきたのはルミエだ。


 金髪を後ろで束ね、馬の尻尾のように揺らしながら近づいてくる。


「何の用だ?」


 今日は来客の予定はない。


 メイドでしかないルミエが話しかけてくる用事なんてなかったはずなので、どんな悪い話が飛び出してくるのか警戒していた。


 俺がそんなことを考えているなんて気づいていない彼女は、普段と変わらない様子で口を開く。


「第四村に派遣する兵について、ルートヴィヒから相談があるとのことです」


 グイントの祖父を守りつつ保険として機能させるために、第四村に私兵を派遣する約束をしていたな。


 人選はルートヴィヒに任せていたのだが、何か問題が起こったのだろうか。


 普段は領主である俺にも軽いノリで接してくることはあるが、兵の扱いについては責任を持って対応していた。


 相談があるということは、現場では判断できない重い事案が発生したと言うことになる。


「執務室に戻る。すぐ来るように伝えてくれ」


「かしこまりました」


 頭を下げたルミエの横を通り過ぎて書斎を出ると、執務室に入った。


 初代の資料を探すより内政の方が緊急度は高いので、気持ちを切り替えて領内の状況をまとめた資料を見る。


 セシール商会を切った影響は、既に出ているみたいだ。


 一部の生活用品が品切れになっており、入荷の予定すら立っていないようだ。


 領地をまたいで活動する吟遊詩人や冒険者に「ジラール領は行商人を歓迎している。特別に税率が低いらしいぞ」といった噂を流してもらっているのだが、まだ効果は出ていないようだ。


 もう少し時間がかかりそうだな。


 即効性を求めるのであれば直接スカウトが良いだろう。


 今度、行商人がきたら直接交渉でもするか?


「ジャック様! いますか!」


 ドアがノックされたのと同時に、ルートヴィヒの声が聞こえた。


 マナーなんてどこかに置き忘れてしまったようだな。


 あまりにも残念な行動に、叱りつける気力すら湧かん。


 ルミエ経由で説教させるか。


「入れ」


 許可を出すとドアが行きよいよく開かれて、ルートヴィヒが急ぎ足で執務室に入ってくる。


 俺の前に立つと、机に手を置いて顔を近づけてきた。


「兵を増やしてくださいッ!」


 無言でルートヴィヒの顔に手を当てて、押し返す。


 ルミエに教えさせるマナーが一つ増えてしまったな。


「なぜ兵が必要なんだ?」


 我が領地には三十名ほどの私兵を雇っていて、人数は昔から変わっていない。


 領地が危なくなれば冒険者や傭兵を臨時で雇い、乗り越えてきたからだ。


 今更、追加の私兵が必要になる理由が思い浮かばない。


「第四村を守るためには十名ほどの兵が必要なのです。が、そうすると領内の巡回が疎かになってしまいます」


「巡回なら五人一組の兵が各村を回るだけだろ? 二十人も残っていたら十分じゃないか」


 ジラール領は大きくないので、村一つ見に行って戻るぐらいなら日帰りも可能だ。


 第一~第三村まで同時に巡回の兵を出したとしても十五名。


 残りの五名は、この屋敷の警備に回すと考えれば、私兵を増やさなくても仕事は回るはず。


「アデーレさんとユリアンヌ様の訓練が激しく、常に五名前後の兵がケガで休む状況になっているんです!」


 ……あの二人が問題を起こして兵が足りないのかよ!!


 アデーレとユリアンヌに私兵たちの訓練は許可していたが、動けなくなるほどしごけとは言っていない。


 アイツらには加減という言葉を教え込まなければいけないようだ。


「二人には訓練内容を変えるように伝えておく。それでいいな?」


 激しい訓練さえしなければ、現状の私兵でも業務は回るので問題は解決だと思っていたのだが、ルートヴィヒは首を横に振って俺の提案を否定した。


「我々は弱いままではいたくありません。訓練は今の内容を継続させてもらえないでしょうか」


「どうしてだ? お前達は今までも充分な仕事をしていると評価しているぞ」


「それではダメなんです。ここは、色んな所から狙われているんです! 俺たちが強くなって守らなければ!」


 魔物の襲撃、その裏にいたセシール商会までは兵たちにも伝わっている。


 危機感を覚えても不思議ではないか。


 勝手に士気が高くなっているので、水は差したくない。


 領地が狙われている状況は変わらないので、私兵を増やすタイミングとしては悪くない、か。


 セシール商会からむしり取った金を使えば、一~二年はなんとかなるだろう。


「わかった。私兵を増やそう。だが大規模は無理だ。十名ぐらいになるぞ?」


「ありがとうございます! 十名増えるだけで充分でございます!」


 ルートヴィヒは俺の手を握るほど喜んでいる。


 こいつ……本当にルミエにマナーというのを叩き込んでもらわないといかんな!

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