第77話 我が領地で何をしている?
音の正体が分からず警戒したまま立っていると、暗闇から切り出したような黒い人型の影が、ランタンの光によって浮かび上がる。
目や鼻、口といったパーツはなく、人を黒く塗り潰したような存在だ。
俺がプレイしていた『悪徳貴族の生存戦略』では、登場していなかったはず。
ゲームの設定は、この世界の情報をすべて網羅していたわけではない。
知識にない魔物がいても不思議ではない、か。
顔がないのに目が合ったように感じ、背筋に悪寒が走る。
影が保有する魔力量は多く、一筋縄ではいかないことが容易に想像できた。
人型の影が、一歩足を踏み出す。
来る!
そう思った瞬間に、暗闇から声が聞こえた。
「待ちたまえ」
今度は暗闇から、フードをかぶった男が出てきた。
リザードマンと取引していたヤツに、背格好が似ている。
もし同一人物であればジラール領を荒らした犯人であり、処刑しなければいけない相手になる。
「お前は誰だ。我が領地で、何をしている?」
「その声……ジラール男爵か!」
俺が領主だと分かった途端、フード男から殺気が放たれた。
こいつも、我が家を恨む一人か。
貴族相手にケンカを売ろうとする人物が、まともなわけはない。
穏便に終わらすことは諦めて、双剣を鞘から抜くと、左手に持っている方を投擲した。
高速で回転しながら、フード男の頭部に向かって進む。
不意の一撃を完全に回避することは出来ず、フード男の額を浅く斬ったようだ。
ゲームにも登場していたので、見覚えのある顔だった。
「不届き者の正体は、セシール商会か」
両親と商売をするため、何度も屋敷に訪れていた番頭のエールヴァルトだ。
ジャックがアデーレに渡した指輪は、こいつから購入したので覚えている。
セシール商会なら、独自のルートでレッサー・アースドラゴンも購入できたはず。
第三村を潰すために、商人としてリザードマンと取引も出来ただろう。
だが、なぜ、こいつらが犯人なんだ?
動機が思い浮かばん。
セシール商会はジラール家お抱えの商家であり、安定して仕事を流しているから、俺に逆らうメリットがないのだ。
……ということは、セシール商会単体の犯行ではないかもしれん。
他に可能性があるとしたら…………裏で操っている存在か?
例えばだが、俺を破滅させれば今よりも良い条件で取引してやる、といった類いの取引をしていたら?
寝返る可能性はあるな。
俺の推測が当たって、エールヴァルトやセシール商会を操っている人物がいるとしたら、少なくとも貴族である。
だが伯爵より上の爵位だと、セシール商会と取引するメリットはない。
直接話す相手は、子爵以下になるだろう。
また騎士は後ろ盾としては弱いので、消去法的に残るのは子爵もしくは男爵になり、俺と因縁がありそうなのは……。
「お前たちの後ろに、デュラーク男爵がいるのか?」
ヒントもなく当てて驚いたのか、エールヴァルトの顔が強ばったように感じた。
デュラーク男爵の場合はゲームではシナリオに関わってこなかったうえに、寄親が同じだったので、ほとんど警戒していなかった。
これは、俺の怠慢だったと言える。
隣国同士が仲良くなれないのと同じで、領地が近いとトラブルは起きやすいので、本来、警戒しなければ行けない相手なのだ。
デュラーク男爵は、リザードマンを使って第三村を滅ぼした後、ジラール家に統治能力がないと王家に言うつもりだったのかもしれない。
金も土地も失った俺はろくな抵抗はできず、王家に土地を取られ――デュラーク男爵に下賜する未来になったかもしれん。
本当は別の思惑があるかもしれないが、エールヴァルトに聞くつもりはない。
まともな情報は、持っていないだろうからな。
「まあ、言わなくて良い。お前たちはこの場で死ぬんだからな」
拷問してもデュラーク男爵には辿り着けん。
それより、ユリアンヌや父親のヨンを使って探りを入れれば良い。
あの二人が、こういった裏工作に荷担するようには思えないし、万が一デュラーク男爵と手を組んで俺を潰そうとしているのであれば、計画を潰す方法はいくつも思い浮かぶ。
「くそッ。アイツらを殺してくれッ!」
暗闇に向かって叫んでから、エールヴァルトが逃げだそうとした。
シュッと、風を切る音がして、何かが足に刺さる。
「いだぁ」
エールヴァルトが床を転がって倒れた。
腕に力が入らないようで、起き上がろうとして何度も失敗している。
後ろを見ると、グイントがナイフを持ちながら冷たい笑みを浮かべてた。
「ジャック様の邪魔をするヤツは許しません」
普段は気が弱いのに、やるときはやる男で助かる。
「よくやった! グイントは人間の方を任せた!」
人型の影が縦に伸びて、全長が2メートルほどになる。
腕を前に出すと手が槍のように鋭くなり、ユリアンヌに向かって伸びた。
魔力を開放せずとも目で追えるスピードなので、ユリアンヌは素早くかわしてから懐に入り込むと、槍を突き出す。
穂先は突き抜けてしまい、ダメージは与えられなかった。
雲のように、実体がない存在みたいだな。
黒い影の表面がボコボコと動き出す。
「下がれッッ!」
俺の命令を聞くと、ユリアンヌは疑う素振りも見せずに距離を取った。
次の瞬間、人型の影から黒いトゲが飛び出して地面に突き刺さる。
警告が遅れていたら、穴だらけにされていただろう。
入れ替わるようにしてアデーレが人型の影に飛びかかったので、その間に俺は全身の魔力を開放した。
様子見なんてする余裕はなさそうなので、全力出すことにしたのだ。
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