第78話 だからなんだ? 俺には関係ない

 アデーレは二本の剣を振るって、人型の影に攻撃をしている。


 左右からの迫り来る剣を避けるつもりはないらしく、腕や体、頭まで何度も斬られているのだが、すぐに元に戻ってしまう。


 再生ではない。


 ダメージを与えているのではなく、水を斬った後、元に戻るような動きだ。


 仮に何時間、何日続けても、人型の影は倒せないだろう。


 この影のような存在は、どうやって出現している?


 グイントに捕らえられたエールヴァルトを見るが、魔法を使って操作しているようには見えない。


 体がしびれていることもあって、特別な道具を使って操作しているということも、あり得ないだろう。


 俺が周囲を観察している間に、ユリアンヌも攻撃に参加した。


 デュラーク男爵のことは気になっているだろうが、今は戦いを優先してくれるらしい。


 鋭い突きを人型の影に当てるが、効果はない。


 本体の魔力が減っているようにも感じず、魔物の原則から明らかに逸脱している。


 魔力の動きを丁寧に視てみるが、人型の影に動力源となるコアがあるようにも感じないぞ。


「無駄だ! こいつは攻撃を無効化するッ!」


 攻めあぐねいている二人を見て、エールヴァルトは不快な笑い声を上げながら言った。


 戦闘になれていない男が、この余裕を見せるか。


 俺の推測通り、今の状態を続けても勝てないと確信を得る。


 二人には悪いが時間稼ぎのために、このまま戦ってもらおう。


 敵の注意を引かないよう、静かに移動する。


 グイントの隣に立った。


「暗闇での移動は得意か?」


「あ、はい。夜目も利きます」


「なら、ランタンの光を消して、他に人がいないか調べてもらえないか?」


「……そういうことですか。わかりました」


 人型の影を操作している別人がいると、察してくれたようだ。


 ランタンを消したら、すーっと暗闇に溶け込んでグイントの姿が消えた。


 やはり斥候だけでなく、暗殺にも使えそうな人材だな。


 しばらくは様子見の状況が続くので、エールヴァルトと話すことにする。


「いつから、俺を裏切っていた?」


 なぜ、とは聞かない。


 どうせ、納得できるものじゃないだろうからな。


「……先代からですよ。哀れなジラール男爵」


 裏切りに気づかず、セシール商会を重用していたことに、哀れという言葉を使ったのか?


 それとも親の不始末を、子が処理しなければいけないことか?


 何にしろ、俺を見下すような言葉を吐いたのが、気にいらない。


 無言でエールヴァルトを踏みつける。


「グェッ」


 カエルのような声を発したので、少しだけ怒りが収まった。


「裏切り者は必ず処分してやる」


 絶対にだ。


 もちろんセシール商会だけでなく、俺のものを奪おうとする、デュラーク男爵も許さん。


 贅沢な暮らしを邪魔する存在は、すべて消し去ってやる。


「勘違いしてますね……先に裏切ったのは、ジラール男爵ですよ」


 随分と、怨みのこもった目で俺を見ていた。


 セシール商会との取引は、両親……いや、豚がしていたうえに、正式な記録は残っていないことが多かった。


 詳細は分からないが、豚がバカな要求を突きつけてセシール商会がジラール領を見限ったことは、容易に想像がつく。


 豚が残した負の遺産が、何を始めようとしても常に付きまとってくる。


 息子である俺にも責任があると言いたいのだろうが、そういうヤツらへの対応は決めている。


「だからなんだ? 俺には関係ない」


「ッ!!」


 親の責任を子が取れ?


 バカじゃないのか?


 親と子は別の生き物、個体だ。


 考え方や価値観が違うのに、責任を取らなければならない。


 俺は、俺がしたいようにする。


 長い付き合いがあったとしても、裏切ったのであれば関係は終わりだ。


「どっちが先なんて関係ない。俺を裏切ったお前たちとは、二度と付き合わん。それだけだ」


「セシール商会を切ったら……ジラール男爵は困るのでは?」


 長年続いた悪政のせいで、まともな商会は領地にいない。


 セシール商会を潰してしまったら、他領からの輸入が途絶えてしまい、俺が困るとでも言いたいのだろう。


「お前バカか? 代わりなんて、いくらでもいるんだよ」


 ゲームだと、使える商会はいくつか登場していた。


 そいつらとコンタクトを取ればセシール商会の代わりになるのだから、心置きなく切れる。


 話すのも面倒になったので、剣で突き刺し、処分しようとする。


「敵がいましたッ!」


 グイントの声で中断した。


 すぐに戦闘音が聞こえてくる。


 人型の影は相変わらずアデーレやユリアンヌを攻撃していて、止まる気配はない。


 操作しているヤツまで、辿り着けてないのだろう。


 であれば、やることは一つ。


「お仲間がいたみたいだな」


 エールヴァルトの顎を思いっきり蹴ってから、大きく口を開く。


「人型の影を操作しているヤツがいる、そいつを叩け!」


 いち早く反応したのはアデーレだ。


 人型の影の周囲を高速で移動し、翻弄してから一気に距離を取ると、グイントがいるであるろう場所に向かって走って行った。


 戦闘音だけで場所が特定できるって、どんなスペックしているんだよ。


 犬耳は飾りじゃない、ということか。


 すぐに居場所を特定できたようで、アデレーは革鎧を着た戦士の二人と戦っている。


 ランタンの明かりによって、グイントも戦士の一人と激しい戦闘をしている姿が見えた。


 奥には、黒い水晶を持ったデブ男がいる。


 こいつが操作してるのか。


 さっさと殺して終わらせないと。


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