第76話 先頭は僕ですからね。それは譲れません

 遺跡の通路は、なだらかな下り坂になっていた。


 外から見たときは小さめな半壊した建物のように見えたのだが、地下迷宮のような造りになっているようで、終わりが見えない。


 壊れた天井から降り注いでいた太陽の光も、今はない。


 地下通路に入ってから、俺たちはランタンを片手に持って奥へ進む。


 床は綺麗に磨き上げられていて、鏡のようになっている。


 廃墟のくせにしっかりと手入れが行き届いているようで、ほこり臭くはないし、地上にあった瓦礫などは見当たらなかった。


 魔物の襲撃や罠もなく、順調に奥に進む。


 しばらくすると、3メートルはありそうな巨大な両開きの扉が出現した。


 模様はなく木製だ。


 ベースは明るい色なのだが、所々、色あせているようで年季を感じさせる。


「調べるので、離れてください」


 爆発系の罠が仕掛けられていた場合を想定して、グイントは離れろと言ったのだろう。


 一人で扉の前に立つと、周辺の床や壁をチェックしていく。


 罠がないと確認出来た後は、扉の鍵穴を覗いていた。


 作業の邪魔をしたくなかったので、俺たちは黙って見ているだけである。


 グイントは鍵穴に棒を入れるとカチャカチャと音を立てて作業を始めた。


 鍵でもかかっていたようで、作業を始めてから随分と時間がかかっているな。


 誰かが来ないかとずっと緊張していたが、急に音がなくなるとグイントが立ち上がった。


「罠はなし、鍵は解除しました。これで入れるはずです」


 アデーレやユリアンヌは戦うことしかできんので、精密作業ができるグイントは助かる。


 仲間にいなかったら、破壊して突破するしかなかっただろう。


「よくやった。開けるぞ」


 罠はなかったが、中で魔物が待ち構えている可能性はある。


 警戒しながら扉を軽く押して、僅かな隙間を作る。


 覗いてみても真っ暗で何も見えなかった。


 呼吸音すら聞こえないので、魔物が潜んでいないと思う。


 扉をさらに押して人が入れるほどの隙間を作ると、グイントがランタンを持って素早く入った。


 部屋の入り口が明るく照らされる。


 物や魔物、そして人はない。


 規則正しく柱がずらりと並んでいるだけである。


「大丈夫です。中に入ってください」


 安全だと言われても気を抜くわけにはいかない。


 双剣を手に持ちながら、ゆっくりと中に入る。


 ランタンの光が四人分になり、部屋の中がさらに明るくなった。


「すごい……」


 冒険者として各国を旅してきたであろうアデーレが、目の前の光景に圧倒されていた。


 磨き上げられた床に、複雑な蛇や花の模様が彫られた無数の柱、高い天井には人と魔物の戦いをモチーフにした絵が描かれている。


 ランタンの光は途中で切れてしまっているので、まだ奥はありそうだ。


 ここを作るのに、いったいどれほどの時間が消費されたのだろうか。


 俺には、想像することすらできない。


「部屋の奥を確認してきます」


 グイントの声で本来の目的を思いだした。


 そうだ、俺たちは観光に来ているのではない!


 ジラール領を荒らす不届き者が居るかもしれないので、調査に来たのだった。


「まて、一人で先行するのは許さん。全員で行くぞ」


 ランタンの明かりで視界が確保できているのは、部屋の一部だけだ。


 四方から襲われる可能性があり、一人で行かせるのは危険との判断をした。


「……わかりました。でも、先頭は僕ですからね。それは譲れません」


 斥候としてのプライドか。


 嫌いじゃないな。


「いいだろう。任せた」


「はい!」


 可愛らしい笑顔を浮かべたグイントは、下を向きながらゆっくりと歩き出した。


 俺とユリアンヌは並んで歩き、アデーレは少し遅れて後を追う。


 靴音だけが反響する不気味な空間を進むが、景色は変わらない。


 柱が並んでいるだけだ。


 罠すらなく、立ち止まる理由がないので、立ち止まらずに奥へ進んでいく。


 祭壇のような物が見えた。


 十段ほどの階段をのぼった先に、石で作られた横長の箱が置かれていた。


 隙間なく文字が書かれていている。


 俺には読めない。


 ジャックの知識を漁ってみると、古代文字というのが分かった。


「あれは……貴人のお墓ですね」


「何か知っているのか?」


 呟いたユリアンヌに聞いてみると、顔が緩んで幸せそうな表情をしていた。


 頼られて嬉しいという感情が溢れ出ている。


 俺に惚れているように見え、今後に利用できそうな存在だ。


「昔、デュラーク男爵の祖先が眠る墓参りに同行したことがあったんですが、同じような物がありました」


 ユリアンヌの父親、ヨン卿が仕えている男爵だな。


 ジラール家とは違って騎士を養う余裕があるようだし、貴族らしい豪華な墓を作っていたのだろう。


 領地は隣接しているのだが、魔物が住んでいる森を挟んでいるため、交流はほとんどない。


 関係は悪くないので、フロワ家の娘、ユリアンヌと婚約したのだ。


「すると、この石は柩なのか?」


 蓋を開けるとアンデッドが襲ってくる、といったのが定番の流れだな。


『悪徳貴族の生存戦略』でもアンデッドは存在したので、警戒はしていた方が良いだろう。


「中を確認する。グイントは開けてくれ。アデーレは護衛として――」


 命令を出している途中に、背後から足音が聞こえて口を止めた。


 いち早く動いたのはユリアンヌだ。


 振り返ると同時に槍を構えた。


 アデーレは俺の前に立って双剣を構え、グイントは柩の裏に隠れると様子を見ることにしたようだ。


 俺も音のした方を見るが、暗闇に包まれていて姿は見えない。


 明かりも照らさずに移動できるとは、敵は魔物である可能性が高いな。

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