第56話 僕が……特別……?

「てい!」


 可愛らしい声を出しながら、グイントは剣を振り下ろした。


 魔力で身体能力を強化していて、目で追うのも難しいほどの速度だ。


「彼女……じゃなくて、彼は強いですね」


 後ろにいるルートヴィヒが呟いた。


 魔力を貯蔵する臓器は誰もが持っているが、性能に大きな差がある。


 ルートヴィヒは標準的だが、グイントは高い性能を持っているようだ。


 体の線が細いのに魔物と戦える秘密が、これか。


 しかも速度に特化しているようなので、威力はないが手数で戦うタイプらしい。


 俺やアデーレは全体的に強化されるので、特化型というのを初めて見た。


「使えそうだな」


「アデーレさんのように、客人として迎えるのですか?」


 俺が何を狙っているのかわかったようで、ルートヴィヒは確信をもって質問をした。


 細かいことを言わなくても意図が伝わるというのは、楽である。


 兵長に昇格させて良かったと感じた。


「そのつもりだ」


「…………」


 ルートヴィヒが黙ったので、戦闘の観戦に集中する。


 大ネズミは傷だらけになって血を流しているが、致命傷は与えられてないようだ。


 力が足りないのだろう。


 戦いが長引いてグイントの息が上がっているようにも見えるな。


 体力の限界が近いようで、グイントは攻撃を中断して回避に専念しだした。


 攻撃を必死に避けているが、壁際に追い詰められてしまう。


 大ネズミは、止めを刺そうと口を開いた。


「たぁ!!」


 高めな声を出すと、グイントは縦に回転しながら跳躍し、天井に足を付ける。


 ロングソードを前に出して、大ネズミの頭に向けて勢いよく落下する。


 姿を見失った大ネズミは首を左右に振ってグイントを探している間に、脳天にロングソードが突き刺さった。


 頭蓋骨を貫通して脳まで到達している。


 落下の速度を使って非力という弱点を補ったのか。


 さすが、ゲームに登場したキャラだ。


 賢い戦い方ができると、褒めておこう。


「ぎゃぎゃ!!」


 お疲れ様と労いに行こうとしたら、背後からゴブリンの声が聞こえた。


 大ネズミとの戦闘音が聞こえて様子を見に来たのだろう。


 本当は俺が戦いたいところではあるが、今はグイントと二人で話したい。


 残念だけどルートヴィヒに任せるとしよう。


「俺はグイントを見てくる。お前たちはゴブリンだ」


「承知しました!」


 音に敏感なゴブリンがいるというのに、嬉しそうにルートヴィヒが返事すると、部下を連れてゴブリンの方に向かって行った。


 自由になった俺は、大ネズミを倒したグイントに声をかける。


「見事な戦いだったな」


「ありがとうございます」


 弱々しい雰囲気に変わっていた。


 頼りなく見えるのだが、仕事のスイッチが入れば果敢に戦える男だというのはわかったので問題はない。


 むしろ敵を油断させるのに使えそうなので、戦術の幅が広がったと喜んでいるぐらいだ。


 後は、どうやってこちら側に引き込むかだな。


 高圧的な態度に出れば、無理矢理言うことを聞かせることはできるだろうが、グイントの能力を最大限に引き出すのは難しいだろう。


 裏切る心配も残ってしまうので、俺のために働きたいと思わせる必要がある。


 話ながら探っていくか。


「斥候としての動きも悪くない。誰に教わった?」


「師匠はいません。一人で勉強しました」


「実戦でか?」


「貧乏な僕にできることは、それしかありませんでしたから」


 力なく笑っていた。


 他者と比較する機会が無かったから、自信がないのか?


 なんとなく扱いがわかってきたぞ。


「それは、すまなかった。俺の責任でもある」


「え、え!? ジャック様は関係なくて――」


「いや、関係ある。両親が領民を苦しめていたのに、俺は気づかず見過ごしていたからだ。領地を運営していたら、グイントの家も裕福だったはず。そうすれば、未来は大きく変わっていたことだろう」


 一瞬の間を置いてから、軽く頭を下げる。


 己の非を認めて、謝ることにした。


「すまなかった」


「貴族様が、謝った……」


 ジラール領で生まれ育ったグイントは横暴な貴族の姿しか見てこなかったので、衝撃的な出来事だったはずだ。


 衝撃から立ち直る前に、追い打ちをかけるとしよう。


「そんな中、君は必死に戦い、生き残る力を付けたのだ。賞賛されることはあっても、非難されることはない」


 驚いているグイントの両肩に手を置いて顔を近づける。


 ヤツの頬が少し赤くなったような気もするが、暗いから見間違えているだけだろう。


「グイント、君は素晴らしい力を持っている」


「僕がですか?」


「そうだ。俺は才能の塊だと思っている」


 自信がないのであれば、過剰だと思うほど褒めてやるッ!


 俺だけはお前のことをわかっている、理解でしてやれる、そう思わせることで、依存させる作戦であった。


「でも僕は、すばしっこいだけですよ。ネズミを倒すのですら苦労する、非力な男です……」


「力があるヤツなんて、そこら中にいる。代わりなんていくらでもいるんだ」


 俺が嘘を言っていないと伝えるために、顔を近づけてグイントの目を見る。


 顔を背けようとしたので、おでこを合わせて動きを止めた。


「だが、速度に特化した強化をできる人間は少ない。グイント、君の代わりなんていないんだ。特別なんだよ」


「僕が……特別……?」


「そうだ。グイントは他を知らないから気づいてないだけで、特別な存在なんだよ」


「本当ですか?」


 この反応は想定内だ。


 褒めたからってすぐに自信がついたら誰も苦労しない。


「もちろんだ。貴族として数多くの戦士を見てきた俺が保証しよう。また俺の言葉が真実だと証明するために、グイントに提案をする」


「何でしょう?」


 期待と不安が入り交じったよな声だ。


 これなら引き込めるな。


「俺の家臣になってくれ。屋敷に個室を用意するし、報酬も一般兵より多めに出す。どうだ?」


「誘ってもらえて凄く嬉しいです」


 そうだろう、そうだろう。


 普通は喜ぶ提案だよな!


 ふはははは! 作戦は成功だ! アデーレに続き、グイントも手に入ったなッ!


「けど……お断りします」


 ……え? マジ?


 想定外の言葉を告げられてグイントから離れると、俺はしばらく固まってしまった。

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