第55話 貴族様が一人で……?
「ぼ、僕も殺されちゃうんですか!?」
盗賊の仲間だと勘違いされて処分されると思っているようだ。
怯えた瞳は嗜虐心を刺激する。
腕で胸を隠そうとしているので、女と勘違いしてしまいそうだ。
盗賊団に服を破かれて襲われているR15のCGしか覚えてなかったので、気弱なタイプだったとは思わなかったが、これは使える。
押しに弱そうだからな。
「被害者を殺すバカがどこにいる」
使いやすそうだと、ニヤけてしまうのを我慢しながらヒュドラの双剣を鞘にしまう。
敵意はないと証明するために、軽く手を上げて近づく。
「俺はジャック・ジラール。ここの領主だ。下水道に盗賊団が入り込んだという話を聞いて調査に来ている」
「貴族様が一人で……?」
少なくとも常識知らずのバカではないようだ。
疑うことを知っている。
「もちろん、兵は連れてきている。途中ではぐれてしまったがな」
ずっと真顔だったが、ここで笑って見せた。
つられるようにしてグイントも笑顔を見せるが、少し頬が引きつっている。
演技は下手だが、好感は持てる。
俺は素直な人が大好きだ。
「だが、迷子になるのも悪いことばかりじゃない。そのおかげで君を助けることが出来た」
座り込んでいるグイントに手を差し出す。
「外に出るまで君を守ろう。名前を聞いても?」
「え、あ、僕はグイントです」
「いい名前だ」
怯えているグイントを安心させるために、笑顔を維持して待つ。
俺が何を求めているのかわからないほど愚鈍な男ではないので、グイントの視線が俺の顔と手を行き来していたが、拒否する方が失礼にあたると思ったのだろう。
最後は手を握ってくれた。
しっかりと握り返してから力を入れて引っ張ると、グイントは立ち上がる。
手を離すと恥ずかしそうにしながら、また胸を隠した。
これじゃまともに移動も出来そうにないので、殺したばかりの盗賊から上着を剥ぎ取るとグイントに投げる。
「地上に出るまでは、これを着ておけ」
嫌そうな顔をしたが代わりになるような物はないので、グイントは泣きそうになりながら血の付いた上着に袖を通した。
斥候はたった一人で、危険な場所に足を踏み入れるような職業だ。
強靭な精神力を求められるのだが、目の前にいるグイントのメンタルは弱すぎる。
ゲームであればプレイヤーが操作するので、魔物と強引に戦わせることもできるが、現実だと不可能だ。
怯えたグイントが仲間を捨てて逃げ出しても、止めるのは難しいだろう。
本当にこいつを仲間に引き込んでいいのか……?
「ありがとうございます。助かりました」
悩んでいる間に服を着たようで、グイントは俺の前に立っていた。
まぁ、本当に使える男なのかは後で調べればいいか。
今は残ったゴブリンの始末を優先しよう。
「ジャック様!」
ルートヴィヒの声が聞こえた。
部屋にいた盗賊との戦いを終えて、俺がいないことに気づいたのだろう。
「こっちだ!」
返事をすると、数人の足音が聞こえて兵が隠し部屋になだれ込んできた。
床に転がっている死体を見ると、ルートヴィヒは焦ったような声を出す。
「こいつらは?」
「盗賊の仲間だ。隠し部屋がもう一つあったみたいだな」
「そんなことが!」
驚いているところ悪いが、グイントの能力を確認したいので、さっっさと話を進めよう。
「被害者もいる。一旦、出口まで戻るぞ」
俺の言葉を聞いた兵たちの視線が、グイントに集まる。
それが嫌だったのか、俺の背に隠れてしまった。
グイントの姿が痛々しく見えたのだろう、周囲の空気が重くなったように感じる。
盗賊に乱暴された可哀想な女性とでも思っているんだろうな。
「勘違いしていると思うから先に言っておく。コイツは男だぞ」
説明責任は果たした。
俺の言葉を信じるかどうかは、こいつらに任せるとしよう。
◇ ◇ ◇
ルートヴィヒも盗賊を皆殺しにしたようで、多少の戦利品を手に入れてから隠し部屋を出た。
俺たちは外へ出るために下水道を歩いている。
先頭はグイントだ。
能力を確認するため、兵の装備を渡して斥候の仕事をしてもらっていた。
当然、兵から文句は出たが貴族権限で却下している。
グイントが斥候なら得意だと言ったこともあって、最後は納得してくれたと思う。
「右に曲がりますね」
左右の分かれ道についても、グイントは迷わず進む。
盗賊団が地図を持っていたらしく、少し見ただけで覚えたようなのだ。
現在位置も正確に把握しているようで、能力は高いと言えるだろう。
あとは魔物と遭遇したときの動きだな。
ゴブリンは残っているし、どこかで鉢合わせできないものか……と思っていたら、グイントが片手を上げて立ち止まった。
タイミングが良いな、魔物が出たシグナルである。
先の様子を確認してから、グイントは俺たちの所に戻ってきた。
「大型のネズミがいました」
「サイズは?」
「子供ぐらいはあります」
俺のイメージする大型を上回っていた。
ゲーム内では疫病の発生源はゴブリンだったが、語られなかっただけでネズミも媒介していた可能性もある。
地上に出たら厄介だし、ここで処分しておきたいな。
「グイント、倒せるか?」
「もちろんです。僕に任せてください」
救出したときとは別人だと思えるほど、力強く即答した。
仕事のスイッチが入ると性格が変わるタイプの人間か?
断られたら俺が戦おうと思っていたのだが、今回は出番がなさそうだな。
「よし、行ってこい」
俺の許可が出ると、盗賊から奪い取ったロングソードを持ったグイントは、大ネズミに向かって走り出した。
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