第37話 兵を室内に入れておけ
俺が倒れてから数日が経過していた。
ベルモンド伯爵に手紙と金を送って、返信はもらっている。
借金の問題は解決に進んでいるのだ。
クソッタレな両親が残した負の遺産は他にもあるが、領地を取り上げられるような失点ではない。
時間をかけて解決していけばいいだろう。
それより勇者の対応について全力を出すべきだ。
ゲームの知識、領地の乗っ取りなど、色々と疑いのある人物なのは間違いない。
本当は何を狙っているのか、今日の会談で見極めさせてもらうぞ。
◇ ◇ ◇
執務室で予算の配分に頭を悩ませていると、ルミエが入室してきた。
「勇者様が来訪されました」
二頭立ての豪華な馬車が屋敷に来たな思ったら、どうやら勇者が乗っていたらしい。
ルミエは緊張した面持ちで俺の返事を待っている。
「応接室に案内したのか?」
「はい。ケヴィン様が対応されました」
ヤツなら粗相をすることはないだろう。
勇者は貴族ではないが、伯爵と同等の権力を持つ存在であり、男爵の俺なんて平民と変わらない扱いをされても不思議ではない。
まともに戦っても勝てる相手ではないので、無事にやり過ごせることを願うばかりだ。
「会いに行く」
ペンをしまうと立ち上がる。
「俺の見た目はどうだ?」
「上級貴族様とお会いするのに相応しい格好でございます」
俺は黒いパンツに、家紋である毒蛇と花の装飾が入ったシャツとジャケットを着ている。
原材料はわからないが、ツルツルとした手触りで気持ちのよい生地だ。
アデーレと訓練することもあって普段はもっとラフな格好をしているが、今日は勇者が来訪すると知っていたので、正装のまま仕事をしていた。
「よし、俺は先に行く。ルミエはアデーレと一緒に紅茶の用意を頼んだ」
「かしこまりました」
指示を聞くとルミエは部屋を出て行った。
何も置いてない質素な廊下を歩いて客間の前につく。
ドアの左右には兵が二人、警備のために立っていた。
「ご苦労」
声をかけると兵は胸に手を当てて敬礼をした。
よく顔を見れば一人はルートヴィヒだ。
こいつはリザードマンの逆襲クエが終わった後に兵長へ昇格させたのだが、なんで現場で仕事してるんだよ。
「警備なんて他の兵に任せれば良かったんじゃないか?」
「ジャック様にとって重要なお客様が来訪されているので、私が現場を見るべきかと」
この様子だと、ルミエから俺が勇者を警戒していると聞いてそうだな。
姉といい、少し過保護じゃないかとは思うが、今はその気持ちを素直に受け取っておこう。
「わかった。よろしく頼む」
何を考えているかわからない他の兵より、人柄がなんとなくわかっているルートヴィヒの方が行動は予想しやすい。
問題にはならないだろう。
ドアの前に立ってノックすると、しばらくして静かに動く。
「お待ちしておりました」
ケヴィンが開けたようだ。
部屋の奥には、三人の女性が横に並んでソファーに座っていた。
左右にいる二人は銀髪で色白、耳は細長く胸は控えめで、緑系統の動きやすそうな服装をしている。
この顔には見覚えがあって、緑の風だ。
姉の方は腰までとどくロングヘア、妹は耳が隠れる程度のショートヘアである。
勇者に連れて行かれたと聞いていたので、この場にいても不思議ではない。
ジラール領を好んでいたようだし、自ら同行を志願したのかもな。
そんなエルフに挟まれて、ニヤニヤとだらしない顔で笑みを浮かべている女性が、勇者で間違いない。
黒いショートヘアに黒い瞳、肌はアジアっぽい色合い、目鼻立ちはハッキリとして、日本人のような見た目だ。
これには理由がある。
『悪徳貴族の生存戦略』の制作者が、当時好きだったアイドルを勇者として登場させたのだ。
制作者のSNSアカウントで確認したから間違いない。
日本人の見た目をしているので親しみは感じるが、だからこそ警戒心が上がっていく。
「兵を室内に入れておけ」
ケヴィンに耳打ちしてから客間に入って数歩進む。
勇者が俺の存在に気づいたようで立ち上がった。
少し遅れてエルフの二人も続く。
「大変お待たせいたしました」
笑顔を三人に向けると挨拶を続ける。
「ジラール家当主、ジャック・ジラールです。三人のご来訪を心より歓迎いたします」
頭を下げてから握手をするために手を前に出す。
「五代目勇者セラビミアです。後ろの二人は護衛のリリーとオリビアです」
紹介されたエルフの姉妹は軽く頭を下げると、セラビミアは俺の手を握った。
すぐ手を離すと思ったのだが、数歩前に進んで顔が近づく。
「ジラール男爵は勇者の仕事をご存じで?」
「もちろんでございます。貴族に対する調査権限を持っており、不正を行っていた場合には独断で裁く正義の使者です」
貴族に特化した警察と裁判官みたいな立ち位置だ。
むちゃくちゃな設定ではあるが、この世界が同人ゲームをベースに創られていると解釈するのであれば、納得するしかないだろう。
さすがに勇者でも上位貴族相手では強引に調査はできないが、田舎の男爵程度であれば何でもやってのけるだろう。
勇者としてのプライドが許すのであれば、不正をでっち上げることすら可能だ。
「正義の使者と言われるとは思いませんでした。ジラール男爵なら別の表現を使われると思っていましたよ」
「ほう、なんと言われると思われたので?」
「死神、ですね」
正解なのだが、自分でいうのかよッ!
貴族にとって勇者は、破滅と死を運んでくる死神でしかない。
どうやらセラビミアは自分の立場、権力を正しく理解しているようであった。
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