第38話 先代の時ですから……40年ぶりぐらいでしょうか

「まさか、ご冗談を」


 前世では失意の底で死んでしまった。


 だから今の俺は貴族の権限を利用して、楽しく贅沢な暮らしをしたいと思っているので、勇者に目を付けられたら困る。


 慌ててしまえば死神だと思っていたと伝わってしまうから、セラビミア渾身の自虐ネタに突っ込むのを我慢しつつ、笑顔を作って返事をしたのだ。


「冗談かどうかは、これからわかりますよ」


 急にセラビミアの目が細くなり、声が小さく低くなった。


 挨拶するついでに軽くケンカをふっかけてきたみたいだが、買うわけにはいかない。


「そうなんですか?」


 あえてとぼけてみると、セラビミアは口をぽかんと開けて意外そうな表情をしていた。


 驚いている隙に手を離す。


「挨拶はこの程度にして、そろそろ本題に入りましょう」


 セラビミアたちを先に座らせてから俺も正面のソファーに腰を下ろす。


 ドアがノックされた。


「飲み物をお持ちしました」

 

「入れ」


 俺が入室の許可を出すと、室内に移動した二人の兵がドアを開けた。


 最初に入ったのはルミエだ。


「失礼いたします」


 セラビミアに向けて頭を下げてから奥に進む。


 後ろにはメイド服に着替えたアデーレが、紅茶と焼き菓子をのせたカートを押していた。


 勇者対策の一つとしてメイドに扮して護衛してもらう予定なのだ。


 大ぶりのナイフを二本、左右の太ももに付けてスカートで隠している。


 もしセラビミアが暴れ出してもアデーレが応戦出来るようにしているのだ。


 三人の武器は預かっているし、いい勝負になるだろう。


「あら、あなたは……」


 アデーレを見たセラビミアが小声で呟いた。


 初見であるはずなのだが、顔は知っているような反応である。


「知り合いですか?」


「いえ、勘違いでしたのでお気になさらず」


 否定しているが、嘘をついているように見える。


 やはり、ゲームの知識があるとみてほぼ間違いないだろう。


 テーブルの近くにカートが止まると、ルミエが紅茶や焼き菓子の準備をする。


 アデーレがやると失敗してしまうので、俺の後ろに控えてもらった。


「こちらの紅茶は、ジラール領で取れた茶葉を使用しております。甘みがあるのが特徴で、砂糖を入れずとも飲みやすい味になっております」


 説明を聞いたセラビミアはテーブルに置かれたカップを持つと、匂いをかいでから口に含んだ。


 エルフの姉妹も続く。


「本当に甘い……」


 この世界は甘味が少ない。


 テーブルに置かれたクッキーだって貴重な砂糖は使われておらず、果実を混ぜることで甘みを出している。


 日本だったらそれでも十分な甘さが出せたと思うが、この世界の果実は品種改良が進んでいないこともあって、たいして美味くはない。


 その点、ジラール領の紅茶は甘みが強いので、美味しく感じるのだろう。


 セラビミアだけでなく、エルフの姉妹も紅茶には満足しているみたいだ。


「何もない領地ですが、紅茶だけは他領にも負けないと自負しております」


「おっしゃるとおり紅茶だけは、最高ですね」


 トゲのある言い方にルミエの眉がピクリと動いた。


 メイドが勇者に敵意を持っただけでも問題になるので、離れさせるか。


「ルミエ、ご苦労だった。下がってろ」


「かしこまりました」


 頭を下げてからルミエは俺の後ろに回って、アデーレの横に立った。


 ドアには兵が二人とケヴィンがいるので、セラビミアたちは圧迫感を感じていることだろう。


 俺も紅茶を飲んでから、ようやく本題を切り出すと決める。


「それで今回はジラール領を見学されにきたとか?」


「ええ、そうです。私は王国内の領地を定期的に回っておりましてね。今回はジラール領にさせていただきました」


 抜き打ちチェックされている気分だ。


 王家という後ろ盾もあるし、水戸黄門みたいな存在だな。


「そうだったんですね。前回ジラール領に来たのはいつになりますか?」


「先代の時ですから……40年ぶりぐらいでしょうか」


 田舎だから後回しにされていたんだろうな。


 どうせ勇者なんて来ない。


 そんな風に考えていたからこそ、両親は悪政を敷いていたのだろう。


「だいぶ昔の話だったんですね」


「ええ、優先するべき領地が多かったので、随分と間隔が空いてしまいました」


 カップをゆっくりと置いたセラビミアから圧力を感じた。


 監視の目を緩めていたことで、不正を許してしまったとでも言いたいのだろうか。


 そのまま一生忘れてくれていたらいいのにと、思わずにはいられない。


「さっそく視察したいのですが、その前に領地内に関する資料を見せて下さい」


 そうなると思っていたので準備は出来ている。


 執務室から持ってきた書類の束をテーブルに置いた。


「私が当主になってからの状況がまとまっております。ご確認ください」


「ありがとうございます。準備がいいですね」


「勇者セラビミア様に来ていただいたのです。このぐらいは当然かと」


 さっさと帰ってほしいので用意してたんだよ。


 隠し事をすればセラビミアの心証は悪くなるので、本当にすべての資料を持ってきている。


 財政や治安、その他、過去に起こった争いなども、見ればわかるようになっていのだ。


 読み込むのに時間はかかるだろう。


 焼き菓子を口に入れて優雅に待つことにするか。


 エルフの姉妹も同じような考えをしているようで、紅茶を飲みながらセラビミアの姿を眺めていた。


 領地から王都に移動させられたというのに、勇者との関係は悪くないように見える。


 懐柔は不可能だと思って行動するべきだろうな。

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