第35話 はい。任せて下さい

「ジャック様、少し休まれたらどうですか?」


 部屋中に羊皮紙が散乱している現場を見て、ルミエが忠告した。


 二日ほど寝ることなく領地内の報告書を確認していたので、心配しているのだろう。


「まだ半分しか読めていない。それでも問題はいくつも見つかっているんだぞ。休む時間なんてない」


 領地を乗っ取る方法はいくつかある。


 穏便な方法をとるなら婚姻だ。家族になってしまえば領地運営への影響力は高まるし、子供の教育次第では思い通りに動かすことも可能になるだろう。


 また過激な方法の代表だったら、親族全員が死亡するパターンだな。


 ジラール家の血族は俺しかいないので、死んだら領地を王家に返還しなければならず、その後、勇者セラビミアに統治を任せるといった流れが作れる。


 他にも主君の命令に従わない、他国と内通、借金を返済しないなども、領地を取り上げる理由になってしまう。


「問題ですか?」


「そうだ。あのクソ両親は、寄親のベルモンド伯爵から金を借りていたようだ。しかも返済期限が近い。ずっと隠されていたので気づけなかった」


 金貨にして1000枚。


 田舎の男爵領からすれば大金である。


 予算がないのに、即全額返済なんてできるはずがない。


 通常であれば返却期限を延ばしてもらうのだが、あのクソ両親はもう三回も延期しているので、その方法は使えない。


 全額ではなくとも、一部は期限内に返済する必要があるだろう。


「ベルモンド伯爵様から、借金返済についてお手紙はありませんでした。ジャック様の見間違いではございませんか?」


 ルミエの疑問はもっともである。


 当主就任のときに挨拶もしたので、返済について話す機会はあったのだ。


 それを伝えず、期限が過ぎるのを黙っていた。


 そこに明確な悪意を感じる。


「自滅してほしいから言わなかったんだろ」


「え、まさかッ」


 両手で口を押えて驚いていた。


 寄親にすら見捨てられた状況に絶望したのか?


 裏切る動機を与えてしまったかもしれないと思いながらも、すぐに分かってしまうことなので諦めるしかない。


「俺の予想だと、勇者はこの土地を狙っている。邪魔者であるジラール家を排除するために、ベルモンド伯爵と手を組んでても不思議ではないな」


 借金が返済できなかったことを理由に、統治者として不合格だとセラビミアが判断を下し、俺を追放する。


 ゲーム内では出来たことなので、勇者の権限があれば現実でも可能だろう。


「なんで、そんなことを……」


「わからん。だが、相手の狙いが分かっているなら対処のしようはある」


 借金した際の契約書を見る限り、分割返済は可能なようだ。


 返済期限までに金貨100枚を返済できれば、一か月ほど返済期限を延ばせるらしい。


 少しでも長く借金をさせて利息を多くとるためのルールなので、普通は相手にとって有利な条件になるのだが、今回に限ってはセラビミアの計画を潰すのに使える。


「分割返済して期限を延ばすぞ。レッサーアースドラゴンの鱗、牙、爪、それら今日中に売りさばく」


 相場からすれば金貨300枚にはなるだろう。


 最下級とはいえドラゴンの素材ではあるので、高く売れるのだ。


 早速行動しようとして立ち上がろうとしたら、目の前が真っ暗になって足から力が抜けた。


 顔が床につきそうになったところで、抱きしめられる。


「ジャック様は働き過ぎです。少し休んでください。ルートヴィヒは戻ってきているようですし、私が彼らに指示を出しておきます」


「業務外……だぞ?」


「何を言ってるんですか。お家の危機なんですから、関係ありませんよ」


 こいつは何を言ってるんだ。


 ベルモンド伯爵すら敵に回っていることがわかったんだ。


 協力なんてせずに逃げ出すだろ。


 ああ、そうか、素材を持ち逃げするつもりなのか。


「他人には任せられない。俺がやる」


 セシール商会に渡せば、金はすぐ手に入る。


 多少は足元を見られるかもしれないが、最低でも借金返済の一回分ぐらいの金貨は手に入るだろう。


 立ち上がろうとしたら強く抱きしめられてしまった。


「ダメです。これ以上は体に障ります」


「だからといって休んでいられる状況ではない」


 ルミエは床に座ると俺の頭を太ももに置いた。


 膝枕か。


 こんなことされたの、いつぶりだろうか。


「ジャック様は、頑張りすぎです。レッサー・アースドラゴンと戦ったという話を聞いたときは、心臓が止まるかと思いました」


「兵には任せられなかったからな。仕方がない」


「他にも徴税人の不正を暴いて処刑もされてましたし、休みは必要です」


 体だけでなく心も疲れていると言いたいのか?


 何でルミエは、こんなに俺のことを心配している。


 サブクエには連れて行かなかったし、好感度は変わっていないはずなのだが。


「アデーレさんだけでなく、私たちにも頼ってください。寂しいじゃないですか」


 この前、テントでツンとした態度を取った理由は、下着姿のアデーレを見たからではなく、新参者より信用されてなと感じたかららしい。


 まさかルミエが、距離を取られて寂しいと感じるだなんて思わなかった。


 だが、ゲームキャラではなく人間だと考えてみれば、当たり前の感情なのかもしれない。


 長年仕えてきたのに全く信用されないのだから。


「……そうか」


 いつかは裏切るかもしれないルミエではあるが、今この瞬間は信じて良いかもしれない。


 寝不足で心が弱っているのか、そんな気持ちが湧き出てきた。


「後は任せた」


「はい。任せて下さい」


 優しい声だった。


 今どんな表情をしているのか見たいと思ったのだが、睡魔がいっきに襲いかかってきて意識がもうろうとする。


 ぼやけた視界では、微笑んでいるぐらいしかわからない。


 髪を撫でられながら欲望に逆らえず目を閉じてしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る