第34話 だから敵対してはいけない
執務室に戻ると、デスクには報告書の山があった。
俺が不在にしていた間に溜まってしまったのだろう。
勇者訪問もこの山の中にあったはずで、ルミエが早く知らせなければと気を使ってくれなければ、心の準備すら出来ずに会っていたはずだ。
椅子に座って背もたれに体重を預ける。
アデーレは兵を訓練しているため俺一人だ。
天井を見ながら、勇者について考えを整理する。
『悪徳貴族の生存戦略』では、神々の加護を受けた存在としてヴァルツァ王家に力を貸している。クーデターを起こして国王になるジャックとは対極の立場だ。
ジャックがヴァルツァ王国を乗っ取ろうとすると必ず敵キャラとして登場し、襲いかかってくる。
普通にボスキャラとして強いのだが、ピンチになると神の加護という能力が発動して、傷は全回復、能力が大幅に強化される。
こうなったら手に追えない。
アデーレを入れたパーティで戦ったことはあったが、何度も全滅した経験があった。
最初に勇者と戦った時は、バグ報告をしようと思ったぐらい強さの次元が違う。
「戦えば敗北は避けられない。運良く勝てたとしてもヴァルツァ王家から制裁が下るだろう」
どんな結果になろうとも俺は破滅する道しかない。
まさに死神だ。
「だから敵対してはいけない」
戦わなければヴァルツァ王国の守護神として、敵国や魔物から守ってくれる頼もしい存在である。
転生した時点で俺は国が欲しいなんて、大それた野望なんて捨ててる。勇者が守ってくれる安全な王国内で、贅沢な暮らしをしようと思っていたのだ。
領地の悪政がいきすぎなければ勇者と出会うことはなかったので、逃げ切れると思っていたんだがな。
ゲーム内の知識があるかもしれないなんて、想定できるはずがないだろッ!
クソ、転生しても不運が続く!
クビにナイフを突きつけられたような感覚だ。
冷静でいられるはずがない。
背もたれから離れると、怒りにまかせてテーブルを叩いた。
もう一度、怒りを発散させるために腕を振り上げると、ドアからノック音がした。
「ジャック様。紅茶をお持ちしました」
この声はルミエだ。
裏切り者候補者の一人にみっともない姿は見せられない。
深呼吸をして、冷静にと念じながら声を出す。
「入れ」
ティーポットやカップ、焼き菓子の入ったカートを押しながら、ルミエが入室した。
「お疲れだと思いましたので、甘いお菓子も用意いたしました」
気が利くメイドだな。
考え事をするような気持ちではなかったので、休憩でもするか。
「食べよう。用意してくれ」
カートを押すルミネが俺の隣にまで来た。
デスクは書類の山が出来ているので置く場所はない。
カートの上でカップに紅茶を注いでいく。
爽やかで果実のような香りがした。
「勇者は、どうしてジラール領にくるんだと思う?」
歓迎の準備をしなければいけないため、ルミエには勇者の来訪は伝えている。
特に深い意味はなく、無言の時間をなくしたいぐらいの気持ちで質問した。
「領地の視察という言葉を信じてないのですね」
「勇者が田舎に来る理由としては弱いからな」
上位貴族の中には、田舎男爵を貴族ではないと思っているようなヤツもいるだろう。
それほど貴族内での立場は低いのだ。
交通の要でもないし、敵国が隣接しているわけでもない。
自然しか自慢できることがない領地なのだから、視察以外の目的があると考えるべきなのだ。
「そうですね……」
小さく呟いてから、ルミエはティーカップを俺に手渡した。
香りを嗅いでから軽く口に含む。
やや渋い味で少しだけ目が覚めたように感じた。
「新当主になったジャック様を見極めるため、という理由はどうでしょうか?」
「人柄を確認したいのであれば呼び寄せればいい。やはり少し弱いな」
勇者の立場は伯爵クラスに相当する。
田舎の男爵程度なら手紙一つで呼び出せるし、正当な理由がなければ断れない。
ルミエが言ったことは目的の一つとしてはあるだろうが、ジラール領にまで訪れるほどではないのだ。
「では、ジラール領にある何かを欲しがっているとかはどうでしょうか?」
「王都であれば手に入る物しかないぞ。それこそありえな……」
いや、まてよ。
何か引っかかる。
ジャックが勇者に殺されてバッドエンドになった時、ちょっとしたエピローグがあったな。
確か、あれは……ジラール領の領主が不在になって王家直轄になり……代官として勇者が就任してた!
望めばもっとデカい領地の領主になれたはずなのに、代官という立ち位置で満足していたのが不思議だと感じていたことを思い出す。
勇者にゲームの知識があるなら、将来治める土地を見ておきたいだろうし、隙があれば手に入れようとするだろう。
俺が両親を昏睡させて当主になるのを早めたように、勇者が似たようなことをしても不思議ではない。
「ルミエ、お前の意見は参考になった。助かったぞ」
「お役に立ててよかったです。少しは落ち着きましたか?」
「ああ、やることが見えてきたからな」
勇者がジラール領を乗っ取るつもりであれば、正当な理由が必要だ。
表向きは領地取り上げになるほどのデカい問題は起こっていないはずなのだが、あの両親なら裏で危険なことに手を出していても不思議ではない。
「過去五年の資料を見たい。すべて持ってきてくれ」
「かしこまりました」
引き継いだばかりだから、現状の把握は中途半端な状態だ。
その隙を狙われて領地を乗っ取られたら、贅沢な暮らしは遠のくどころか破滅の道に一直線へとなる。
勇者という特大な爆弾を適切に処理するべく、夜を徹して情報を集めることにした。
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